家族で暮らしていた時に、犬を飼っていました。実家では現在も犬を飼っていて、5代目になります。その中で、私がメインで世話をしていた2代目の子のエピソードをご紹介したいと思います。
今はもういませんが、その子と暮らしていた日々から、私なりの犬と人のお互いの幸せについて、お伝えできればと思います。

2代目の子は、名前をランといいます。子犬の時に引き取ったのですが、その時にビーグルと聞いていました。しかし成長すると、大きさは大型犬に近いぐらいの大きさとなっていました!結局犬種については、わからずじまいです。
体も大きく、好奇心も旺盛で、女の子なのにとてもわんぱくでした。以前は田舎に住んでいたので、散歩に行けば山を走り回ったり川を泳いだりとても活発で、日頃の散歩も短距離では満足しないほどパワフルでした。
そして、力もかなり強く、散歩に行くと連れている側が引きずられてしまうほどだったので、散歩に連れて行けるのは私と父だけでした。
わんぱくなので、言うことを聞かないように思うのですが、実際のところはとっても賢く利口でした。
ランと遊ぶときは必ずと言って良いほど汚れるので、制服などの汚れると困る服を着ている時は、「今はダメ!」とランに言っていました。すると、制服の時はじーっと待っていて、ジャージに着替えたとたん、アタックしてくるようになりました。
我が家には同時に小型犬が2頭いましたが、その子たちは何度言っても飛びつくのに、ランだけは私の服装を見て行動するという賢い一面を持っていました。

私にとってランは、友達であり、姉妹であり、親子である、というような、一つの言葉で表現することはできません。
友達のように一緒に遊んだり、姉妹のように一緒に過ごしたり、時にはしつけもするので、親子のような関係の時もありました。
小さい時は、しつけのために色々教えていたので、「あなたの娘みたいだね」と言われました。そこから、時々ランのことを「ムスメ」と呼んだりしていました。そうでない時は、一緒にゴロゴロしたり、寝るときも一緒だったり、姉妹のように過ごしていました。
ランは体が大きかったので一緒に寝ていましたが、時々布団の取り合いみたいになっていたこともありました。朝起きたら、私が布団から追い出されているなんてこともありました。
散歩に行く時は、体力があるので、1回につき2時間以上かかることもありました。散歩として、歩いている時もあれば、一緒に山歩きをしたり、夏には川に入って遊んだりしました。ランが川で泳ぐのに合わせて、私も川に入っていはしゃいだりしていました。
時には家の手伝いで、畑仕事をしていましたが、私が畑を耕す横で、ランは穴掘りをしいて、同じことしてるのかなと思うと面白く、友達と遊んでいるみたいでした。
今思えば、学校の同級生と過ごすより、ランと遊んでいたことの方が多かったと思います。そして、それがすごく楽しかったです。

ランが10歳前後のあたりから、私は進学と就職のため実家から離れることになりました。
正直、今まで居たことが当たり前になっていたので、いずれは死んでしまうということをあまり考えていなかったように思います。今までも大丈夫だったから、「何かあっても大丈夫」と心のどこかで思っていたのです。
正直亡くなる前は、あまり深く悩むようなことはありませんでした。学生時代も、就職してからも、長期の休みがある時は、ランに会いに実家に帰っていました。実家は遠くはないのですが、日帰りで行くには少々遠いところだったので、こまめに帰るということはしていませんでした。
それ以前に、帰ったらランが居るのが「当たり前」だったので、帰れる時に帰ろうと思っていました。後から、ランの体のことを考えてみると、大型犬の分類に入るので、かなり寿命は近づいていたのです。
実家から「ランが亡くなった」と連絡が入った時は、実家に飛んで帰りました。実家で、ランの姿を見たとき、「もういないんだ」と実感し、本当に辛かったです。
会えない期間が長かったとしても、ランは私のことを本当によく覚えてくれていました。ジャージに着替えないと飛びつくのはダメというのも、ずっと守っていたし、電話から私の声が聞こえると、玄関まで探しに行ってくれていました。
そんなランに寂しい思いをさせていたと思うと、なんでもっと会いに帰らなかったんだろ、私は自分のことしか考えてなかったなど、とても言い尽くせないほど後悔しました。

最初は後悔ばかりでした。思い出すことすら辛いと思うこともありました。今でも、亡くなった時のことを思い出すと涙が出てきます。でも、辛いことばかり思い出すのは、違うと思いました。それは、ランに対して失礼だと思うようになりました。
亡くなった当初は、思い出しては後悔しての繰り返しでしたが、昔の写真を見返すうちに楽しかったことを思い出すようになりました。亡くなった時のショックは、すごく大きいものでしが、楽しかった時のことは、一つ一つは小さいけれど、辛いことよりもたくさんあることに気づきました。
そして、辛いことばかり思い出すのは、何か違う、と思うようになりました。楽しかった時に得た感情や、体験を無かったことにしてしまっている気になりました。
ランからは、楽しいことだけでなく、実はもっと色んなものをもらっていました。
ランはよく吠えたり、いたずらをすることもありましたが、その理由がわかることがほとんどでした。犬と暮らしている方であれば、経験があると思います。
それは、犬のことをよく見ているからだと思います。犬に限らず、相手をよく見るということは、人と関わり、相手を知る上ですごく大事なことだと思います。
犬も人もよく見ると、表情や仕草から、感情などを読み取れることがあります。ランからは、そんな大切なことも教えてもらっていました。

ありきたりですが、お互いが幸せだと感じることだと思います。
飼い主は、自分の幸せを知ることができます。その上、犬から大切なことまで教えてもらえます。では、犬の幸せはどう見るのかということになります。それこそ、犬の表情や仕草をよく見て、考えてあげることが大切だと思います。
今実家にいる5代目の子は、成犬で引き取りました。よく吠えますし、最初の頃は、本気で家族に噛みついていたそうです。
私も実家に帰った時に遊ぶのですが、やはりランの時とは表情が違います。遊ぶ時は、尻尾を振って楽しそうにするのですが、遊んでいないときは、どこか人の様子を窺っているように見えます。
犬にも表情がちゃんとあるので、それをよく見てあげて、気づいてあげることが大切だと思います。ランではないのですが、その5代目の子も実家に来た以上は、もっと安心できるようになると嬉しいです。
そして飼い主は、幸せにプラスアルファを愛犬からもらえます。
ランから教わった、相手をよく見ることは、私は仕事に生かせていました。以前は看護師として、赤ちゃんの看護を行っていました。赤ちゃんも同じでした。大人のように言葉が話せない分、泣いて教えてくれます。最初は、なぜ泣いているかわからないけど、よく見ていると、だんだん理由がわかってきます。
そんな時、ランから教えてもらったことってすごく大事な事だったと思いました。今でもランには感謝してもしきれません。お互いが幸せで支えあう、これこそ共存なのではないかと思います。

犬と共に暮らすのは、楽しく、幸せだと思うことがたくさんあります。そして、大事なことを学ぶこともできると思います。ただ、犬の寿命は人よりも短く、亡くなった時は本当に辛かったです。私はかなり後悔しましたが、犬の寿命について知って過ごすと、後悔も少なく「我が家に来てくれてありがとう」と最期に言えるのではないかと思います。
私は、人も犬も同じだと思いますので、自分がしてもらえると嬉しいことや楽しいことは何かなと考えながら接すると、よりよい関係になるのではないかと思います。
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