
うちのコが来て間もなくの頃、私は「犬とはスキンシップを取るべきもの」だと思っていました。だから散歩で飼い主さんと話す合間に、相手の犬を撫でなくてはいけないと考えていました。
頭の上から撫でるのはダメということだけは知っていたので、わき腹あたりからゆっくり触るようにしていたのですが、ある時、柴犬から強い洗礼を受けることになりました。
その柴犬は10歳を超えていました。飼い主さんと話している間その子は伏せていて、私から少し離れたところにいました。
何となく会話が途切れたので、私はその子に近づき、ゆっくりとわき腹に手をやりました。するとその瞬間、牽制するようにその子が唸って歯を出しました。
「ああ、知らない人が触るとダメなんだよ〜」と飼い主さんに言われ、私は「犬は撫でるもの」が間違っていたことを知りました。
犬は犬種に関わらず、撫でられるのが好きな子と苦手な子がいます。柴犬の洗礼を受けてから、私はまず犬に挨拶することから始めることにしました。
自分から来てくれる子は撫でるけど、それ以外の子は私の匂いを嗅いでもらうだけにしたり、手を出して確認してもらったりするようにしました。
犬にも適度な距離感が必要で、それが仲良くする秘訣なのですね。それがわかってから犬たちとの関係が穏やかになりました。

うちのコは散歩コースがあまり決まっていません。いつも行きたい方向へ適当に歩き出します。近所の道はちょっと飽きていて、遠くや知らない場所に行くほどイキイキとしています。
でも周りの柴犬の話を聞くと、だいたい同じコースを歩くことが多いようでした。私は、うちのコのように色々な場所を歩かないのはつまらなくないのかな?と疑問に思っていました。
柴犬にとって散歩とは、大好きな飼い主さんといつもの道を歩いていつも通りに過ごすことが楽しみでもあるようです。
同じ道でも匂いは毎日違うし、公園で黙って座っていても見える景色は少しずつ変わります。新鮮さよりも安心できるいつもの環境が心地良いから、毎日同じコースを歩くことがつまらないなんてことはないのですね。
柴犬は、どんな悪天候でも散歩をしています。そして何も着ないで散歩している子が圧倒的に多いようです。
うちのコもどんな天候でも散歩には出るのですが、雨の日は必ずレインコートを着せています。特に冬の雨は冷たいので、中に犬用のヒートテックまで着せています。だからズブ濡れで歩いている柴犬が気の毒に見えたりもしました。
でも柴犬にとっては、濡れることより体を覆われることの方が嫌なのだそうです。雨の中でわざと泥だらけになってはしゃぐ柴犬もいます。飼い主さんからすると、散歩の後の手入れが大変だから何か着せたくなるようですが、レインコートを着せると固まって動かなくなるのだとか。
毛がペタンとしてかわいそうに見えても、それは犬自身が選んだ散歩スタイルなのですね。

犬と仲良くなるのに役立つアイテムとしておやつが登場することがあります。でも柴犬にとってはそれが有効ではないことも。
柴犬の食べ物、食べ方のこだわりは、強い精神力によってコントロールされているように見えました。
もちろん何でも喜んで食べる柴犬もいますが、柴犬の中には慣れていない人からもらうことや慣れていない食べ物は口にしない傾向もあるようです。
私におやつちょうだいと近づいて来てくれる柴犬も、それが食べたことのないものだったり気に入らなかったりすると、口にしてくれません。小さいカケラにしないと食べてくれないこともありました。
「それ、気に入らないからチェンジ」と言いたげた顔つきで私を見てきたり、口に入れても出してしまったりします。
でもそのちょっと難しいところが、私が柴犬を好きなところでもあります。食べてもらえた時の喜びはひとしおです。
柴犬はどんなにお腹が空いていても、何か理由があると絶対にご飯を食べない子もいるようです。フード自体が気に入らないという子もいれば、休みの日はおいしいものがもらえるからそれを待っている子もいます。
また、お肉をもらった時のおいしさが忘れられないとか、体重管理をしているのではないかと思うような時もあるのだそうです。
お腹が空いて吐いてしまっても頑なに食べない柴犬には、「お腹が空いたら食べるだろう」という人間の思惑が通じない時もありそうですね。

柴犬は高齢になっても自力で歩いて散歩している姿をよく見かけます。私がお腹を撫でようとした時に唸った子も、今ではカートに乗せられて眠ったようにクタっとした様子で公園にやって来ます。
飼い主さんが芝生に下ろしてあげると、やっと立っているような状態でフラフラしながらどこへ向かいたいのかわからないような様子で動いています。
柴犬は命の終末が決して美しいだけではない、だけど命を諦めない覚悟を、その体で私たちに教えてくれます。
高齢の柴犬が散歩している時、その柴犬を連れている飼い主さんも高齢の方が多くいらっしゃいます。私が一番惹かれたのは、杖をついた高齢のおばあさんと白柴でした。おばあさんは足取りが少しおぼつかない様子でしたが、私たちが通る時は笑顔で会釈してくれる感じの良い方でした。
そんな飼い主さんを、同じように高齢の白柴の子は気遣いながら歩いていました。自分もフラフラしそうになるのに常に飼い主さんを見ながら、ゆっくり、ゆっくり。
道路の端に寄って歩調を合わせて進むふたりの姿は、飼い主さんと犬が歩んできた年月の重みを感じました。ふたりが少しでも長く同じ時間を共有してほしいと思いました。
柴犬は、もうダメかもしれないというくらい体調を崩しても、元気を取り戻して姿を見せる子がたくさんいます。この黒柴の男の子もそのひとりでした。
とても立派な体格で、綺麗な毛並みをしていました。腫瘍ができて2度も手術をして何度も生死の境を彷徨ったのですが、少し経つと元気に自力で歩いて公園にやって来ました。
いつからか、その子は私におやつをせがむようになりました。「俺様」タイプで、病み上がりでもおやつをあげるまで吠え続けるようなパワフルな黒柴だったのですが、ある時、私に体をさりげなくこすりつけてきました。「ありがとう」だったのか、ただ甘えたかったのかはわからなかったけれど、ふと見せたその仕草にドキッとしました。
その子は、その後間もなく亡くなりました。何度も倒れて何度も復活して、きっと元気そうに見えてもつらかっただろうと思います。気丈に振る舞っていた中で見せてくれた甘えるような仕草が、今でも忘れられません。

柴犬でも洋服を着て、何でも食べて誰からでもおやつをもらって、撫でて!と寄ってきてくれる子もいます。でも私は柴犬を前にすると、犬に対しての礼儀はきちんとしなくちゃいけないなって思います。いつも凛々しくて気高くて、でも飼い主さんとふたりきりの時は甘えん坊でかわいい子、それが柴犬です。
犬という存在がペットや愛玩動物ではなく、人間とともに生きるパートナーなのだという尊敬の気持ちを、柴犬は教えてくれました。
だから私は柴犬が好きです。そんな柴犬が心を許してくれる瞬間をとても嬉しく思います。
「手づくりごはん|パートナーに優しいレシピ【第4部】」記事一覧