ウチの犬たちとの出会いは、どちらも突発的でした。特に最初に現れたミルは、ある日家に帰ると倉庫に入っていたのです。
シングルで高校生の娘を育てていた私は忙しく、犬なんて飼える状態ではありませんでした。追い出すわけにもいかず、飼ってくれる人を探しましたが見つかりません。そのうち愛着がわき、自分で飼う決心をしました。
思いもよらず、私はここからどっぷり犬にはまっていくことになります。

一番上の写真に写るのが、ウチの2匹の愛犬たちです。白い子が9年前に倉庫に入っていたミル(上記の写真は当時の様子)。黒い子はその4年後、山から現れたラッキーです。なかなか懐かないミルの友達になってくれればと、飼うことにしました。
どちらも保護したばかりの頃、様々な挙動を見ていて「もしかしたら虐待されていたのでは?」と感じることがありました。
本当のところはわかりませんが、筆者が、愛犬たちを見て過去の虐待を疑った理由の一部についてご紹介します。
2012年の10月、ウチの倉庫に紛れ込んできたミルは、極端なビビリです。少しでも普段と違うことがあると怖がって逃げ回ります。追いつめるとパニックを起こして暴れ、私にでも噛みつこうとします。
「おすわり」という言葉を聞くだけで怯えたり、首輪に強いトラウマがあることなどから、虐待されていたのでは?と感じています。首輪をつけようとしたときから触らせてくれなくなり、首輪の交換は麻酔を使わないとできません。
自分で交換しようとして失敗し、首輪が外れたままの状態のとき西日本豪雨災害が。一緒に避難できなくて、ミルを危険な目にあわせてしまいました。その時のことをまとめた記事です。
ラッキーが来てからは少しずつ触れるようになり、お散歩もできるようになりました。散歩に誘うと二本足で飛び跳ね、走り回って喜びます。でも、何か違和感が…
最近、その理由がわかりました。全身で喜びを表現しているのに、顔が笑っていないのです。むすっと口を閉じたままはしゃぐ姿は、かなり異様です。
ミルを飼い始めて4年経った11月、黒い大きな犬が夜な夜な山から現れるようになりました。首輪をしていないので、飼い犬ではなさそうでした。その犬が来る度ミルが吠えまくり、近所に迷惑がかかります。ずっと続くと困るので、とりあえず保護することにしました。
おとなしい犬で、2週間くらい餌付けしたら首輪とリードをつけさせてくれました。ミルと喧嘩しないか心配しながら庭に引き込むと、驚いたことに、2匹で嬉しそうに大はしゃぎ。ミルのそんな姿を見るのは初めてです。
ちょうど、ミルの友達になってくれる犬を探してるところでした。こんなに相性がいいなら、この子と一緒にいさせてやりたい。ラッキーという名前をつけて、うちに迎えることにしました。
でも、この夜、2匹一緒に餌をやると、おとなしいラッキーが豹変。噛みつきそうな勢いで威嚇し、ミルの餌を貪るように食べ尽くしてから自分の餌を食べ始めました。ミルも私も、呆然。
この子は今まで、こうしないと餌にありつけなかったのかもしれない。ラッキーも虐待されていたのでは?と感じた瞬間でした。
ラッキーは私に変な気を遣いました。
ラッキーが来た頃、ミルと仲良くなるためにいろんな遊びをしていたのですが、鬼ごっこをしているとミルの逃げ道を塞いでくれます。リードを引いたらこちらに来るようになればと綱引きのような遊びをしていると、ミルのリードを咥え、私の方に引いてくれます。
ラッキーは常に、人間に気に入られるために何をすればいいかを考えているように見えました。山から出てきたけれど、野犬が生んだ子ではないと思います。

仕事と子育てと絵の制作で時間に全く余裕がないと思っていましたが、気がつくと、ミルと仲良くなろうと多くの時間を使うようになっていました。時間というのは、大事なことが割り込んでくれば、どうにかひねり出せるものなのだと知りました。
美術の講師をしていた私は、ミルを飼い始めた頃、毎年大きな絵を描いて東京の展覧会に出品していました。それが時間的にも経済的にも私を苦しめていましたが、これまで頑張ってきたことへの未練で、やめられずにいました。
50歳という大きな節目を迎えたとき、残りの人生は本当にやりたいことに時間を費やすことを決意。20年以上続けてきた絵の会を退会して、言葉と音楽を使ってメッセージを発信することに挑戦します。
でも、ミルの気持ちを人に伝えようとしたとき、言葉にするのは無理でした。ミルが何を見てきて、どう感じているのか、話を聞くことができないので、どんな言葉を並べても想像でしかありません。
絵ならどうだろう?
もう一度筆をとってみました。すると、しゃべれないミルの気持ちと、ミルに対する私の思い、両方を詰め込んだ絵が描けた気がしたのです。
言葉にできないメッセージを伝えられるなら、絵も並行して続けてみよう。それからは虐待や殺処分ゼロをテーマにした絵を描くようになりました。ペットの肖像画の仕事を始めたのも、この絵がきっかけです。
見出しの写真がその絵、『キミの瞳が変わるまで』です。
ラッキーが来てから始まったお散歩が、今では朝夕の日課になっています。おかげで一歩も外に出ないで絵を描くような日がなくなり、健康的な生活が送れるようになりました。
慣れないうちは2匹に引きずられてよく転んでいましたが、今はお互いに慣れて、ケガも少なくなりました。

ミルやラッキーのように、トラウマを抱えた子のいない社会になってほしいと思います。
飼っていた子を自分で愛護センターに連れて行く人もいると聞きます。飼い始める前にもう一度、最後まで面倒を見る覚悟があるかどうか確認する必要があるのではないでしょうか。いろんな事情があると思いますが、飼えなくなっても生きる権利だけは奪ってはいけないと思います。
面倒見きれない数、命を増やすことも避けなければいけません。人間の都合で犬や猫を殺処分することのない社会になるよう、心がけていきたいです。
3年前に、飼っていた最後の猫を病気で亡くしました。その時私は50代半ば。これから新しい子を迎えたら最後まで面倒見れない可能性が高いと思い、二度と猫は飼わないと決めました。だけど2年前、譲渡活動のお手伝いをしていて、2匹の仔猫を引き取ることになりました。
多分、あと10年くらいは大丈夫だろうと思います。何事もなければ、ミルとラッキーは自分で見送ることができるでしょう。でも、最近の飼い猫は長生きです。20年後まで一度も入院しないで過ごせるか、自信はありません。
若くても事故や病気の可能性がないわけではないし、誰だってどうにもならない事情でペットを飼えなくなることは考えられます。そんな事態が生じたとき、ペットを一時的に預かったり、譲渡先を探す制度ができればと思います。

多分、誰かの心無い行動の結果、望んだわけでなく2匹の愛犬と出会いました。誰かがミルとラッキーを虐待して捨てたのであれば、それは許されることではありません。
だけど…
私は今、2匹の愛犬と一緒に過ごせていることがとても幸せです。あの子たちに出会えて本当によかった。
私にとって、ミルとラッキーは大切な家族です。あの子たちが最期を迎えるまで、ずっとそばにいたいと思っています。
私は食べる物にも無頓着で、不摂生な生活をする性格です。でも、ペットたちと最後まで一緒に過ごすためには、自分の健康管理もきちんとしなくてはいけません。あの子たちがいるおかげで、自分の身体を大事にし、今元気でいられるのだと思います。

毎日、ニュースで殺伐とした事件が流れてきます。動機を聞くと、そんな理由で?と思うこともしばしば。全く罪のない人が事件に巻き込まれて、たくさん命を落としているのです。
生活が充実して自分を大切にできているときは、他人や周りのものをむやみに傷つけることは少ないと感じます。逆に、自暴自棄になっているようなときは、他人もどうなってもいいと思ってしまいます。幸せを感じられない人が増えれば、人間に対してだけでなく、動物への虐待なども起こりやすいのではないでしょうか。
まずは人間が生きやすい社会になり、人の命も犬たちの命も大切にされるようになっていけばと思います。
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