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柴犬 小説
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2021.09.30

アマチュア小説ライターが綴る、犬と暮らした日々のこと【第3部】|vol.15

豆しば暮らし|尊厳

メロンはもう、家の中でも歩くことができなくなってしまいました。
立ち上がることさえもできません。

#柴犬 / #豆しば暮らし

笠井 ゆき/ライター、葬儀司会者

この記事は、アマチュア小説家が「犬と暮らした日々のこと」をもとに綴る創作物語【第3部】の連載第15話です。

嵐の中の小舟のように

それにともなって、認知症もまた、無情な速さで進行してゆきました。
カートに乗せて外に連れ出すことは、いい刺激になってはいるのでしょう。
ですが、進行を食い止めることなど、到底できません。

「押し寄せる荒波になすすべもなく…。嵐の中の小舟のようだ」

寝たきりになってしまったメロンを見つめ、パパがぽつりと呟きました。

目はよく見えず、耳もよく聴こえず。
一日のほとんどを眠って過ごし、起きている時には無表情。
大好きだったおもちゃにも、全く興味を示しません。
毛並みのツヤは失われ、すっかり色褪せています。
澄みきっていた瞳はどんよりと濁り、視線は宙をさまよったり、そうかと思えば一点をぼんやりと見つめ続けたり…。

「でもね、ごはんはちゃんと食べてる! お薬だって、嫌がらずに飲んでるよ!」

ママはつい、声を荒らげてしまいました。

メロン、可哀想に…

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「さぁ、体の向きを変えようね。…イテテテ」

寝返りを打つことも、食事もトイレも、メロンは人の手を借りなければ何もできません。
驚かせたり怯えさせたりしないように、目を合わせて声をかけ、ゆっくりと体に触れるのですが、攻撃されると思ってしまうのか、触れた手に噛み付くようになりました。
パパとママとハルカちゃんが家族だということが、わからなくなっているのでしょう。

ママの手には、メロンの歯形が幾つもついていました。
躾に奮闘していた、子犬の頃のようです。
あの頃のように、手の皮膚を食い破ることは、もうできませんでしたが。

「メロン…。可哀想に…」

ハルカちゃんが、しくしくと泣き出しました。

生きるということ

「ママは、そうは思わないな」

メロンに寝返りを打たせ、体のマッサージを終えると、ママが静かに言いました。

「もし、ハルカがメロンのようになってしまったら、どんな気持ちになる?」

「…」

「ママならきっと、絶望して死にたくなると思うんだ」

「うん…」

「でも、メロンは違う。どんなことがあっても、生きようとしてるよ。命がある限り、生き続けようとがんばっているんだ」

メロンの寝息が聞こえてきました。

「ママね、メロンから教わったの。生きるって、諦めないことなんだって。メロンはもう、何もできないし何もわからない。怖くて苦しくて惨めで不安でたまらないと思うよ。それでも、決して諦めない。ごはんを食べて、お水を飲んで、お薬を飲んで…。今日を生きて、明日を生きようとがんばってる。それが可哀想なことかな。ママは、立派なこと、尊いことだと思う」

メロンの脚がビクッと動きました。
ドッグランの夢でもみているのかもしれません。
風を切って走っているのでしょうか。
それとも、名前を呼ぶ声に、瞳を輝かせて駆けていっているのでしょうか。

  • 更新日:

    2021.09.30

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ライター・専門家プロフィール
  • 笠井 ゆき
  • ライター、葬儀司会者
  • 年中無休の犬好き、犬バカです。只今、自宅警備員まめお(パピヨン)と同棲中!犬を愛する喜びを、皆さまと分かち合ってゆけたら幸せです。どうぞよろしくお願いいたします。