我が家に初めて犬を迎えたのは、息子が小学2年のときでした。一人っ子の息子の兄弟になってくれたのは、売れ頃の時期を過ぎてしまって、ペットショップの外に出されたゲージの奥でうずくまっていた、4カ月のヨークシャーテリアのチェリーでした。
息子の手から、から揚げをかすめ取るようないたずらっぽさもありましたが、どこか孤高な雰囲気があり、いつも冷静で静かな子でした。
子育てと仕事と一番忙しい時期でもあり、どの家庭にもあるいろいろなトラブルに、心穏やかでないこともあった日々を、チェリーはいつもそっと寄り添うようにそばにいてくれました。
チェリーは息子が大学生のときに亡くなりましたが、息子にとってヨークシャーテリアは、今でもどんな犬種より特別な存在なのだといいます。チェリーのことを思うと、もっともっとしてあげられることがたくさんあったのにと、後悔と愛しさで時々胸が熱くなります。
その次に我が家に来たのは、ミニチュアダックス・スムースのゆうです。この子は主人の友人の愛犬ダックスが産んだ3匹の中で、母犬にそっくりだということで、一番最後まで手元に残されていた子でした。絶対に可愛がってくれる人に手渡したい、ということで主人が選ばれ連れて帰ってきた子です。
ゆうは一言でいえば自由奔放、我慢せずの自由犬でした。犬には全く興味がなく、自分のことを犬だと思っていないのでは、と感じることもしばしばありました。
サークルに入るのが大嫌いで、夜は私達と同じ布団で寝て、いつも誰かにお尻をくっつけている甘えん坊です。椎間板ヘルニアを2度も経験して、どちらも右足が麻痺して手術を覚悟したのですが、そのたびに奇跡的に復活してくれました。
かまってもらえないと、目の前で私を見ながら堂々と嫌がらせおしっこをするような子でしたが、何をしても憎めない可愛い子でした。亡くなったときの主人の悲しみは誰よりも深く、このままペットロスになってしまうのでは・・と心配したほどです。
我が家の先住犬には、ペットシートへの排泄を教えるくらいで、しつけといわれるものは何ひとつ教えてきませんでした。私達には犬を飼っているという意識はなく、彼らとは共同生活をしているという気持ちだったのだと思います。
プゥさんが今までの先住犬と最も違ったのは、人間との距離感を知っていたことです。自分は犬なのだということをきちんとわきまえているように思えました。それは今までの厳しいしつけによることもあったのでしょうが、元々律儀な性格を持っていたのかも知れません。
去年の6月中頃、私は不注意から玄関で転倒し、右足の骨を2本も折るという大怪我をし、約2カ月近くの入院を余儀なくされました。
突然の出来事で、プゥさんと主人の二人きりの生活が始まったのです。コロナの影響で病院は面会謝絶、プゥさんの様子は主人から逐次lineで送られてきます。
入院して間もないある日「プゥが夜ご飯を食べると、毎日玄関に行きドアを開けろと鳴きます。ドアを開けてやると玄関に座ったままずっと外を見て絶対に動きません。たぶんあなたが帰ってくるのを待っているのだと思います。」とlineが届きました。病院のベッドで私は思わず涙をこぼしてしまいました。
私が退院してからのプゥさんは、どんなに熟睡していても、私が動くと起き出して後をついて廻るようになりました。ご飯を食べていても私がそばにいるかを確認しながら食べます。
もしかしたら捨てられた過去のあるプゥさんに、また捨てられるのでは?と思わせてしまったのかもしれません。
大丈夫。二度と君を一人にはしないからね・・・と、入院騒動後は私の布団に潜り込むようになったプゥさんのぬくもりを感じながら思う私です。
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