バベシア症はマダニが媒介する寄生虫の病気です。マダニが吸血する際に、バベシア原虫が犬の体内に潜り込んで赤血球に寄生し、赤血球を破壊しながら増殖することで溶血性貧血が起こるというものです。
典型的な症状としては、発熱や虚脱、食欲不振、茶色くて濃い尿の排出などが見られ、重篤な状態になると腎臓へ送られる血流が不足して腎機能が低下します。重度の貧血状態に陥ると多臓器不全を起こして死に至ることもあるため、非常に恐ろしい病気だと言えます。
バベシア原虫が体内に入り込んだとしても、約2~3週間の潜伏期間があるため、症状が現れるのは感染後かなり経ってからになります。そのため病気の発見が難しく、見つかったとしてもかなり病状が進行しているケースが多くなります。
バベシア原虫は犬の体外へ移動する術を持たないため、病原体自体に感染力はありません。しかしバベシア原虫を媒介しているマダニはその限りではありません。
マダニは吸血した後に草むらに潜み、また別の犬に寄生して吸血するといった具合に、次々に感染を広めていく可能性が高いです。なお、人間もバベシア症にかかることはありますが、犬からは感染しません。なぜなら別の種類のシカダニが媒介するからです。
バベシア原虫が犬の体内に入り込むことによって起こる病気だと書きましたが、健康な犬の場合は症状が現れないこともあります。ではどのような時に発症するのか?その原因を探っていきましょう。
バベシア症とよく似た病気で「免疫介在性溶血性貧血」というものがあります。体の免疫機能が正常な赤血球を攻撃するために起こるものですが、そのメカニズムはバベシア症とほとんど同じです。本来働くはずの免疫機能が異常な状態となり、役に立たなくなるからです。
体をバリアする免疫が低下、または働かないことで、バベシア原虫の活動が活発になり、赤血球そのものを破壊してしまいます。加齢やストレス、その他の疾患などが起因して免疫が下がってしまうことが考えられます。あるいは免疫抑制剤を投与している場合も発症しやすいと言えるでしょう。
脾臓は血液の主成分である赤血球や血小板などが予備として蓄えられており、全身の血液の30%が貯蔵されているとされています。また脾臓でリンパ球が作られていますから、免疫系における重要な臓器でもあるのです。
もし脾血腫や脾腫瘍などを起こしてしまうと、貧血だけでなく免疫機能も低下してしまうため、バベシア症を発症しやすくなると言われています。
特にかかりやすい犬種というものはありません。年齢に関しては、免疫機能が低下してくるシニア~高齢期の犬が発症する場合が多いとされています。
バベシア症の治療には対症療法が効果的です。根治が難しいためバベシア原虫を不活性化させることに主眼が置かれます。投与する薬剤にはジミナゼンなどの抗原虫薬や、クリンダマイシンなどの抗生物質製剤が使用されます。貧血症状は約1週間ほどで改善され、その後は経過観察と並行して、再発防止用の治療薬を投与します。
治療費に関しては、犬の症状や使用する薬剤によって異なるため一概には言えません。しかし薬剤投与のみで症状が回復する場合は、以下の費用がかかるものと考えてください。(あくまで参考費用です。)
・薬剤投与費(注射代):1万円×3回
・経口薬剤費:10日分で1万5千円
マダニの活動時期は4~10月頃までの暖かい時期です。気温が25℃以上になると行動が活発化してきます。そのため事前にフロントラインやネクスガードなどの駆虫薬を投与しておきましょう。また免疫が落ちている際、散歩などで草むらへ入るのは避けてくださいね。
マダニは2~3日かけて吸血しますから、皮膚に食いついているマダニを見つけることもあると思います。しかし無理やりむしり取るのはNGです。頭部だけ残ってしまうことがあるため、動物病院等で処置をお願いしてください。
バベシア原虫に一度感染してしまうと、体内から排除することは非常に困難です。免疫が落ちてきた時などに再発する可能性もありますし、それまで症状が現れなかった犬も同様です。治療してから1ヶ月後に再発する例も多いため、マダニに噛まれたときは慎重な経過観察が欠かせないと言えるでしょう。
犬のバベシア症は、再発の可能性もある恐ろしい病気ですが、致死率は約5%程度で治療費もさほど高額ではありません。またバベシア症にかかってしまったとしても無症状のキャリアになることもあります。とは言え、病気に罹って苦しむのは愛犬なので、飼い主さんのケアでマダニから愛犬を守ってあげることが大切です。また、バベシア症を発症させないためにも普段の生活の中で免疫力を上げる努力をすることも心掛けましょう。ビタミンやミネラル、食物繊維など免疫力がアップし、抗酸化作用のある食材を活用することも有効な手段だと言えます。
加藤 みゆき/獣医師
日本獣医生命科学大学(旧・日本獣医畜産学部)を卒業後、獣医師として埼玉県内の動物病院にて犬・猫・小鳥の小動物臨床とホリスティック医療を経験。その後、小動物臨床専門誌の編集者を勤めた後、現在は都内の動物病院にて臨床に従事。
日々発展する小動物臨床の知識を常にアップデートし、犬に関する情報を通じて皆様と愛犬との暮らしがより豊かなものとなるように勉強を重ねて参ります。