体内の水分を代謝する機能に異常をきたすことによって、肺や心臓を包む膜(胸膜)で囲まれた空間である胸腔に漏れだした体液や血液、膿などが溜まる病気を胸水といいます。溜まる液体の種類により、「血胸(けっきょう)」「膿胸(のうきょう)」「乳ひ胸(にゅうびきょう)」と呼ばれることもあります。
胸水が溜まると、犬は少しの運動でも呼吸が荒くなり、食欲低下や発咳、嘔吐、下痢などの様々な症状を引き起こします。更に重篤になると、呼吸困難によりチアノーゼを起こして舌が紫色になったり、失神したり、死に至ることもあります。
また、横になることができず、犬座姿勢をとることがあります。 少量であれば尿として排出される場合もありますが、大量に溜まった胸水を自力で排出することはできません。
胸水が他の犬や人にうつることはありませんが、胸水が貯まる原因がフィラリア症であった場合などは、感染犬を吸血した蚊が病気を媒介することで他の犬にうつり、フィラリアをうつされた犬がフィラリア症を発症して胸水が貯まるという可能性は否定できません。
犬に胸水が溜まる原因は様々ですが、心臓病やがん、フィラリア症、外傷などにより発生することがあります。
犬が心臓病になると、心臓から血液をスムーズに送り出すことができなくなり、血管内に血液がうっ滞し胸腔に滲出することで、胸に水が溜まります。レントゲン検査をすると、液体があることによって肺が真っ白に写ります。
肺がんやリンパ腫(血液のがん)などの腫瘍は、胸水を引き起こす原因になります。
高齢犬は胸水の原因となり得る心臓病やがんの発症率が高い傾向にあるため、特に注意が必要です。 フィラリア症の犬や、胸部に腫瘍がある犬は胸水が溜まるリスクが高いでしょう。
犬の胸水を治療するためには、胸腔に溜まった液体を排出させる必要があるため、利尿剤を投与したり、胸腔に針や専用の器具を差して胸水を抜きとります(胸腔穿刺)。呼吸を楽にするために高濃度の酸素を吸わせる酸素療法を行うこともあります。心臓病など、持病の悪化による影響が考えられるときにはその病気を治療する必要があります。
胸水が溜まっているかを確認するための超音波検査やレントゲン検査、利尿剤、胸腔穿刺など、一回の治療で1万~数万円かかると考えられます。原因が特定できない「特発性」の場合など、治療しても根治が困難なものの場合には、定期的な治療が必要になることもあります。
胸水の原因となる病気を予防し、病気にかかった場合は早期発見・早期治療が大切です。例えば、心臓病であれば塩分の摂りすぎに注意し、定期的に動物病院で心音を聴診してもらいましょう。フィラリア症に関しては、内服薬や注射、首の後ろにつける滴下剤で予防できます。外傷性の胸水は、他の犬との喧嘩や枯れ枝が胸に刺さることで起こるため、怪我には注意しましょう。
難治性の場合、一度胸水を抜いてもまた溜まり、繰り返し胸水を抜き取る作業が必要になることがあります。このような場合、何度も胸腔に穿刺しなくても済むよう胸腔にドレーンを装着する手術を行うことがあります。
胸水を抜くと犬は楽になりますが、長期的に繰り返し抜き続けると胸水に含まれるビタミンやミネラルなどの成分を失うことになるので、徐々に全身状態が悪化していきます。
愛犬が胸水で苦しそうにしていると、その様子を見ている飼い主さんも辛い思いをすることになります。胸水が貯まる原因には予防できる病気もあるので、予防できる病気は予防し、病気の早期発見・早期治療に努めましょう。
加藤 みゆき/獣医師
日本獣医生命科学大学(旧・日本獣医畜産学部)を卒業後、獣医師として埼玉県内の動物病院にて犬・猫・小鳥の小動物臨床とホリスティック医療を経験。その後、小動物臨床専門誌の編集者を勤めた後、現在は都内の動物病院にて臨床に従事。
日々発展する小動物臨床の知識を常にアップデートし、犬に関する情報を通じて皆様と愛犬との暮らしがより豊かなものとなるように勉強を重ねて参ります。