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犬にまつわる雑学

2020.02.21

タロとジロ、南極観測に貢献した裏側で懸命に生き抜いた犬たちの物語とは

1956年に南極観測隊と同行した樺太犬のタロとジロ。南極観測をする人間のためにそり犬として活躍したものの、そのまま極寒の南極に置き去りにされるという運命をたどります。
タロとジロはなぜ南極にに置き去りにされたのか、そしてその後どうなったのか、真実のストーリーをご紹介します。

Author :新井 絵美子/動物ライター

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タロとジロとは?

タロとジロは、そり引き犬として南極観測隊に同行した樺太犬です。樺太犬は、寒さに強く体が頑強であることから同行犬として選ばれました。樺太犬の中でも同行に適した犬は多くはありませんでしたが、その中から選抜され訓練を重ねたタロとジロを含む計22頭の犬たちが同行して、1956年に南極観測船で南極に出発。そして第1次越冬隊と共に南極でそり犬として活躍し、南極観測に貢献しました。

やむを得ず南極に置き去りにされた樺太犬たち

同行した犬たちは激しい悪天候のせいで、南極に置き去りにされる運命をたどることになります。

1958年2月、第1次越冬隊と第2次越冬隊は交代する予定でしたが、激しい悪天候により交代作業は断念せざるを得なくなりました。そのため昭和基地にいる第1次越冬隊は小型飛行機で撤退。しかし重量制限の関係上、小型飛行機に犬たちを乗せることはできなかったことから、犬たちは鎖に繋がれたまま昭和基地に取り残されました。

この時点では天候が回復次第、第2次越冬隊が昭和基地に向かうはずだったので、一時的に犬たちはこのようになったのです。しかし天候は回復どころかますます悪化し、南極観測船が遭難する恐れもあったことから撤退の命令が下されました。これにより第2次越冬隊は帰還し、犬たちはそのまま南極に置き去りにされてしまったのです。

南極に取り残されたタロとジロはどうなったのか

極寒の南極で鎖につながれたままの犬たちが生き続けられるわけがないと誰もが思っており、生存は絶望視されていました。

しかし驚くべきことにタロとジロのみは生き延びており、翌年に第3次越冬隊と奇跡的に再会することができました。どのようにして生き抜いたのかいまだに分かっていませんが、以下が有力な説として挙がっています。

アザラシの糞を食べて生き延びた

共食いをした形跡がないことから、タロとジロは鎖から逃れてペンギンやアザラシの糞を食べて生き延びていたのではないか、という説が有力視されています。アザラシの糞を食べることで、糞の中に混ざっている未消化の生き物から栄養を摂っていたのではないかと考えられています。

生きるために種族の違う動物の糞を食べることは動物界では珍しいことではないため、この説が挙がっているのです。

ソ連(ロシア)隊にエサをもらっていた

もう1つは、給油のために昭和基地に立ち寄ったソ連(ロシア)隊から餌をもらっていたという説です。「給油のために立ち寄った際、首輪をつけた2匹の犬に遭遇し生肉を与えたところ喜んで食べた」との証言があることから、この説は有力だとされています。

タロとジロの生存劇が描かれた代表作品「南極物語」

「南極物語」は、南極観測隊のやむを得ない決断とタロとジロの奇跡の生還が描かれた日本映画です。1983年の公開時には、犬を犠牲にしたことに激しい非難の声が挙がりました。

犬たちが人間のために一生懸命に働き、その人間により犠牲にされたことは決して忘れてはならないことです。南極物語には事実と異なる部分もありますが、懸命に生きようとした犬たちの姿や人と犬との絆に心を打たれます。

懸命に生き抜いたタロとジロ

タロとジロ

現在は南極に動物を持ち込むことが禁止されているので、南極観測のために動物が犠牲になることはありません。

南極観測のタロとジロのこの事実は映画だけでなくドラマや書籍化もされており、現在まで語り継がれています。「途中で見るのがつらくなる」という感想もたくさんありますが、極寒の南極に置き去りにされながらも懸命に生き抜いたタロとジロの歴史は、忘れてはならないことだと言えるでしょう。

◎ライタープロフィール
新井 絵美子 動物ライター

新井 絵美子/動物ライター

2017年よりフリーランスライターとして、犬や動物関連の記事を中心に執筆活動をおこなう。
過去に、マルチーズと一緒に暮らしていた経験をもとに、犬との生活の魅力や育て方のコツなどを、わかりやすくお伝えします。

  • 更新日:

    2020.02.21

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