
2015年・秋から「あお」と名付けた柴の仔犬と暮らし始めた「犬の新人飼育員」の「僕」と「もうひとり」。およそ3年に渡るあおとの生活で飼育員たちがほぼ毎日あおに対して言う言葉、それは「なにそれ?!」だった。
「散歩行こう!」
言えば左右に尻尾を振って嬉しそうな表情を浮かべるあお。それは小さな頃から変わらない。しかし最近は......
「よし!いこう!」
僕は玄関に向かい、あおはそのあとを追って......来てない! 振り向くと、反対方向へ走っていくあおの姿が見える。
「あお、そっちじゃないよ!こっち!」
呼んでいるのにあおは奥の部屋へと走っていき、2秒後、ベランダ用のサンダルを振り回しながら戻ってくる。
「なにそれ!?」
思わず声が出てしまう。
「あお、それいらないから!」
言うとサンダルを口から放し、玄関に向かって歩いてくる。
サンダルを元の位置に戻し、リードをつけようと僕が近づくと、あおはくるりと向きを変え、再びサンダルを取りに戻るのだ。
「だからそれいらないって!」
聞く耳を持たないあおは、サンダルを咥えながら小躍りするように戻ってきて、サンダルの舞いを見せびらかしてくる。
「なんなんだよそれ!」
あおの声が聞こえてくる。
「ねえ見て見て!散歩行くって言われてるのに、行かずにサンダル振り回しちゃてるの!面白いでしょ」
これが落ち着くまでしばらく見ているのだが、なかなか終わる気配がないのでせっかく履いた靴を脱ぎ、あおのそばに行き、「もうやめてもらえますか?」と、サンダルを取り上げるとおとなしくこちらに近づいてくる。
「はい、どうも」
そう言いながらリードをつけようとすると、飛ぶように踵を返し、そのへんにあったスリッパや靴下をくわえて振り回しはじめる。
「なんなんだよ!?」
嬉しいのかなんなのかよくわからないが、そんなことがしばらく続く。
そのあと、やっと行くのかな~?と思うと、廊下の真ん中あたりで止まって玄関まで来ない時もある。何度呼んでも、こちらを見てじっとしているだけ。
もしかして散歩に行きたくないのか?と思いながら、リードを持って近づくと、逃げることもなく、リードを付けられるのを待っている。そしてリードの装着が終わるとスタスタ玄関に向かって歩き出す。
あと5歩ぐらいで玄関なのに、なぜ止まるのか?
「玄関まで来ると思わせておいてギリ来ないって面白くない?」
いつもその時の顔が、ちょっとほくそ笑んでいるようにも見えるので、そう思っている可能性が高い。犬がそんなことを思うわけない、と思われる方もいるとは思うが、先日のあおの行動が、余計にそう思わせた。
いつもの公園で、いつものように他の飼い主さんに甘え、オヤツをもらっていたあお。一応付き合っているのだからこっちとも少しは交流してくれよと思い、伸縮リードで3メートルほど離れた場所にいたあおを呼び止めた。
「あお!」
あおは「は?」という顔で止まった。
僕はしゃがんであおと目線の高さを合わせ、
「おいで!」と呼んだ。
あおは来ない。これは予想通り。
「あお、おいで」
しつこく呼んだ。
あお、来ない。
「あお、おいで!来て!おいで!」
あおの顔が「しつこいな~」と言っているようにも見えたが、ちょっと意地悪、来るまで呼んでやろうと思った。(ヒマ人)
「あお、お・い・で!」
「あお、おー・いー・でー!」
「あお!おーー!いーー!でーー!」
我ながらしつこいと思ったが、何度か呼んだ。
するとあおは、スタスタとこちらに向かって歩いてきた。
(やった!来た!よ~し、褒めまくるぞ~)
と、内心思いながら、空いている右手を広げて、やってくるあおを迎える準備をした。
残り2m、1m......。頭の中でカウントダウン開始。
あおの到着まで10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1......
と、まさに「0!」のタイミングで、いきなりあおは横っ飛び!僕の前から走り去った!!
「バ~カ!行かないよ!」
あおの声がはっきりと聞こえた!
「お前ふざんけんなよ~」
そう言いながらあおを追うと、あおは止まって僕に向かってプレイバウ。
「うぇ~ダマされてやんの~」という顔だ。
「なんだよそれ!!」
完全にからかわれた。腹立つー!
あおはこういうことに喜びを感じるタイプなのだ。
「草をかじるんじゃないの!」
注意されると、うれしそうに別の草を見つけてかじる。
「だから草はダメだって!」
言われると、嬉しそうに移動しながら草をかじる。
「だから草ダメだって!」
首を上げさせようとすると、草を咥えて猛ダッシュで逃げ回る。
「くさ、くさ、くさ、くさ言っちゃって~バカじゃな~い!」
そういう態度だ。
「待て!」と追うと、「うわーきたー!逃げろー」と広場を走りまわる。
追いかけさせて逃げる遊び、いや、引っ張り回してあざけ笑うゲームだろう。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
声をかけると、あおは公園の門とは反対の方向へ進む。
「なんだよそれ!」
方向転換させようとすると、姿勢を低くしてグイグイ公園の中の方へと進む。
「なんでだよ!」
思わずツッコむ。
そのままあおを止めることができず、一緒に公園を出ようとしていた人たちに「あおちゃん、また居残りかな」と言われながら、ひとり公園に置いていかれる......。(ひとりになってから公園の散策を思う存分する気なのかな?)と、思うと、そうでもない。何をするわけでもない。何もしてないのに伏せちゃったりする。
「なんなんだよ!」
冬になると散歩のスタート時間が遅くなる。僕は早朝に出かけてもいいのだが、あおが起きてくる時間自体が冬になると遅くなるのだ。子犬の頃は僕が起きてくると、どんなに眠くてもガバッと起きてきたのに、自分のペースでグーグー寝ている。散歩のスタートが遅くなると当然帰宅時間も遅くなるわけで、自動的に僕の午前中の仕事時間はなくなってしまう。そのため、秋からは大体毎朝5時頃起き出して仕事を始め、7時頃起きてきたあおにご飯を食べさせ、8時過ぎに散歩に出発。いつもの公園、さらに別の公園をまわっていると、家に帰ってくるのは下手すると11時前後となってしまう。長い......長過ぎる。
これだけ外にいられれば十分だろうと思うのだが、外好きのあおは足りないらしい。夜の散歩では1時間半ぐらいで切り上げても、まだ帰りたくないとゴネることも少ないが、朝は元気が有り余っているのだろう、まだ帰りたくないと主張する。たまーにそれに付き合ってしまうこともあるが、基本的には強制帰宅。
抱き上げて家のそばまで移動することがほとんどだ。それがどうも気に食わないらしい。家について玄関を開けても、中に入らず座り込むのだ。
「あお、入ってよ」
「は?なんで?」という声が聞こえてくる態度で、こちらの言うことなど聞こえないフリである。
「なんでだよ!」
リードを引いても頑なに入ろうとしない。これまでは抱き上げて浴室に運んでいたが、それでは解決になっていないと思い、「入らないなら勝手にどうぞ」と、ストッパーでドアを少し開けたままにし、ドアノブにリードを引っ掛け、座り込んでいるあおをその場にいさせて、こちらの用事を先に済ませることにした。
手を洗い、うがいをし、バッグを片付け、起動させていたルンバのゴミを取り、あおの飲み水を出し......。さあ、あおはどうしているか?玄関に戻ると、座り込んでいたあおは、ドアの隙間から部屋の様子をうかがっている。その顔は「私、忘れられてる?」だ。
「ほら、入りたいなら入って!」
と、ドアノブからリードを外し、中へ入れようとすると、ぺたん。。。また座る。
「なんなんだよ!」
めんどくさくなって抱き上げようと近づくと、「まだ!触らないで!」と、身をよじって玄関と反対方向へ行こうとする。
「あ、そう。じゃあご自由に」
またリードをドアノブにかけると、あおは座り込み、さらには伏せたりする。どこまで外にいたいんだ?
付き合っている時間がもったいない。残りの用事を済ませるために部屋に戻る。さすがにそれをやられた初日は、僕が2回目に戻ったところでギブアップし、渋々中に入ってきたが、翌日もまた帰ってきたのに中に入らない!と主張するので、また放っておいたら、今度は中の様子を見ることもせず、ふてぶてしく、ずっと伏せていた。
中に入らずそうしていれば、もう一度散歩に出るとでも思っているのか? 行かないよ!
いつも何か起きるのは僕ひとりの場合が多いのだが、もうひとりの飼育員のワンオペ散歩で事件は起きた。
あおが行きつけのカフェに寄りたいと主張するので「今日は行かないよ」と抱き上げ、少し歩いていたところに、2頭連れ・フワフワ系の犬が現れた。
その瞬間、あおは抱かれている状態からその犬たちに飛びかかろうと、彼女の腕の中で大暴れ。必死に抑えようとする彼女の左腕に、敵意と共にむき出しとなった歯がガツン!ガツン!と当たったらしい。なんとか飛び出そうとするあおを抑え込むことはできたが、彼女は残念ながら傷を負ってしまった。
重ね着をしていたので、歯が直接肌を傷つけてはいなかったが、見ると皮下出血......。ことの顛末を報告し終わった彼女は僕に向かってしみじみと言った。
「あおって犬なんだね」
......猫だと思ってたのかな?とも思ったが、さすがの彼女でもそうではないようで、話の流れからすると「いきなり野性的な行動に出る生き物」だと言いたいのだろうと推測した。
あおは犬、当たり前のことだけど時々忘れそうになる。いや、あおが犬だということを忘れているのではなく、「だから油断大敵」の部分を忘れてしまいがちなのだ。
あおがその2頭に飛びかかろうとしたのはこれが初めてではない。会えば必ず、ほぼ毎日のことである。
連日のガウガウ卒業試験にほぼ合格して、犬とのあいさつ・本免許を手にしつつ、時々仮免許に戻る行ったり来た生活だったあお。しかも、あいさつ本免許はオートマ限定ならぬ「アウェイ限定」だったことが最近判明してきた。
普段滅多に行かない場所や、普段会わない多くの犬たちに囲まれる場所=アウェイでは実におとなしい、どちらかというと気弱な犬となるあお。リードをつけていない時はほぼ100%ノーガウガウ、リード装着でも10回に1回程度のガウガウ数である。それなのに、ホームグラウンドのいつもの公園やいつもの散歩道だと、思い切り「柴が出ちゃう」ことがある。柴が本来持っている強気な部分を丸出しにし、あおの場合はさらに歯ぐきも丸出しにして威嚇することが多いのだが、その中でずば抜けてガウガウする相手がいる。
あお自身もインスタグラムにアップしていたが(注:あおのインスタグラムはあおが自分でアップしています。※ファンタジーを大切に)、いつもの公園や近所の散歩道で毎日、何らかの形で遭遇する、2頭のフワフワ系を見た途端、猛犬、いや狂犬に変わる。
それはどんなに遠くにいても、その姿、気配を感じた瞬間、野生のスイッチが入る。
向こうは(飼い主さんも含めて)あおなどは眼中にない様子で、いつもガウガウやっているあおの目の前を堂々と通り過ぎていく。その優雅でおしゃれな散歩姿に対し、あおはなんとか地面を蹴って飛びかかろうと必死である。
その態度を言葉にすると
「このヤロウ~!!!」
まるで悪役女子プロレスラー!である。
もしかするとあおは毎日あの2頭に「またいる!地味な顔」とか「うわ直毛〜ダサ〜!」とか、下手するともっとキツイことを言われているのかもしれない。それぐらいの反応なのだ。
犬同士のやり取りが具体的にわかるには、もう少し科学の進歩か何かが必要だろう。
あおとあの2頭の関係が明らかになる日が楽しみである。
カフェで必ず他のお客さんに寄り添い愛犬ぶる
やたらにぎやかなところ(例えば駅)へ行きたがる
誰も降りて来ないのに、誰かを待ってます顔
植木の水やりホースは必ず押さえる(手伝っているつもり?)
めんどくさそうにやるならやめて(頼んでないし)
みんなと違う石に乗る(しかも無理して)
あおの毎日はこんなふうに「なにそれ?」の連続......。
(つづく)
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」「THEカラオケ☆バトル」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
*本連載の1stシーズン【柴犬生活漂流記】は、こちら。
*インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
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