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2018.04.09

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猟犬スペシャル in 宮崎 vol.3

猟犬が猟犬らしく生きていくために

今回の宮崎取材で、セント・ハウンドを使ったイノシシ猟とはどういうものなのかを体感させてもらった。一方、猟に成功するのは容易ではないということもよくわかった。それはそうだ、イノシシにとっては命を賭けた闘いだ。だから猟師たちもそれに見合った敬意を払う。「命をいただく」とは、壮絶な営みなのだ。

#Activity / #Lifestyle

Author :写真=白石かえ、前島大介(編集部) 文=白石かえ

いつ獲れるかわからない山の幸

 前回の記事で紹介したとおり、ハウンドとともに山に入り、山中に響き渡る素晴らしい吠え声での追跡、追い込み猟を体験させてもらったものの、実際に鉄砲の音を聞くことはなかった。わかっていたつもりだったが、実はわかっていなかった狩猟の厳しさを実感した。山はスーパーマーケットではなく、貨幣と引き替えにいつでもコンビニエンスに山の恵みが手に入るわけではない。狩猟でしか肉を手に入れることができなかった時代は、どんなに苦労の連続だったろう。真剣勝負になるのはもっともだ。

 そんな猟の合間に、Sさんがハチミツとミツロウをとるために設置しているニホンミツバチの巣箱を見せてもらっているとき、「イノシシが罠にかかった!」という連絡が入った。直ちに手伝いに行く準備を始めるSさん。猟期の間は、猟師というのはサラリーマンと違い、予定が立てにくい。いつ呼び出しをくらうかわからない。

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自然豊かな木々に囲まれたSさんの事務所の庭先には、ニホンミツバチの巣箱が置かれていて、夏場は養蜂を行う

くくり罠、箱罠、そして違法なトラバサミ

 急に慌ただしいムードになったが、それでも気になってSさんに「箱罠ですか、くくり罠ですか?」と早口で尋ねた。すると「この辺りは、くくり罠だよ」との返事。くくり罠とは、イノシシの通り道と睨んだ獣道に葉っぱなどで隠して設置する、ワイヤー状の罠。ワイヤーの輪に、イノシシの足が入ったとたん絞まり、捕獲するものだ。

 捕まると、痛いし、逃れようともがき、暴れる。だからスウェーデンなどでは動物福祉的な観点からくくり罠は使用を禁止されているという。日本では近年、犬が間違ってかかってしまい、足を切断せざるを得ない事故も散見される。実に痛ましい。ただし日本では、くくり罠は合法。箱罠も合法。くくり罠は、箱罠に比べて設備費もかからないし、移動させるのも楽。有害鳥獣駆除を含めて、日本では多く使用されている。

 ついでに言うと、EU(一部除く)やスウェーデン、日本などではトラバサミによる狩猟は法律で禁止されている。トラバサミとは、主に鉄製で、バネ仕掛けで罠の中央の板に足が乗るとバチンと絞まり、足を挟んで捕獲する装置だ。使用禁止になったのは、罠にかかった動物に大きな苦痛を与えること(アニマル・ウェルフェアの「5つの自由」に反するのは明らか)、誤捕獲で狙った動物以外(犬や猫、人も含む)がかかった場合でも殺傷性が高く、また生きて罠からはずせたとしても、足がちぎれる、壊死したため切断することになるような重傷の傷を負わせ、野生動物の場合その後野生下で生きていけなくなる可能性が高いといった理由からだ。

 しかし、今なおトラバサミの違法な使用が後を絶たない(「違法わな「トラバサミ」犬猫被害相次ぐ 「人も注意を」/朝日新聞デジタル/2017年4月27日)。これは地方まで情報が行き渡っていないからなのか、過失ではなく故意による使用なのか、よくわからない。いずれにせよ使ってはいけないはずのトラバサミが、現在でも普通にネット通販などで簡単に買えるのはいかがなものか。使用することは禁止でも、販売すること、購入することはおとがめなしというこの法体制に不備はないのか、考えさせられる。

 ともあれ、くくり罠に関しては現時点の日本の法令では合法である。経験のある猟師は高齢化しているし、新たに鉄砲を持つには経済面、身体面、管理面、手続き面など実にハードルが高いのに対し、くくり罠は比較的安価だし、手っ取り早く猟に参入しやすい。しかし、今回宮崎でくくり罠猟の様子を見せてもらうと、やはり管理の手間や労力は大変で、そんなに気やすくできるものではないと感じた。

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「この先に、くくり罠を設置してますよ」と、ほかの人間にわかるように、ピンク色の札を設置。罠の設置は、県知事に許可申請する。しかし全国的に、猟師の中にはこの札を設置しない無法者もいる。だからよけい事故が起きやすい

くくり罠は毎日巡回。それが野生動物への敬意の現れ

 罠にかかったまま長い時間放置したら、イノシシはもがき、苦しむ。その苦痛の時間を少しでも短くするため、Sさんたちの猟仲間たちは、ほぼ毎日(大雨の日などは2日に1度になることもあるが)、巡回し、イノシシがかかっていないか見て回るそうだ。もがいて苦しんだイノシシを放置するのは、肉もまずくなるし、それ以前に彼らはわざわざ言葉にはしないが、それが山の神様へ忠義なのだろう。

「暴れて、関節を脱臼したり、自分の足をちぎってまで逃げようとするんだ」

 猟師たちはそれを知っている。残酷といえば残酷。でも、だから、Sさんたちは毎日山を回る。

 とはいえ、山中に点在する最大30か所の罠を毎日見回るというのは、けっこう重労働。それぞれの場所まで軽トラを走らせる(しかも山から山の移動で、エリアが広い)ので時間もかかる。でもそれをしないと、捕まったイノシシが苦しむ時間が延びる。ここの猟師たちは「可哀想」という言葉は使わないけれど、もっと深いところで野生動物への慈しみのようなもの、敬意を態度で示していた。正しい猟師の流儀だろう。

 つまり、日本全国では罠を使った猟や有害駆除がポピュラーに行われているが、この「毎日」巡回するという流儀が守られているかが、猟師の倫理観を計るひとつの指標になると思った。少し調べただけだが、ほかの猟師たちの間では、1週間に1度程度の巡回もザラのようだった。くくり罠使用の是非もあろうが、罠にかかったあとの動物の扱いはどうなのか、そこも大事なポイントのように思う(恐怖の時間が長いのは箱罠でも同じ)。

 大量の数の罠を設置し、数日〜1週間おきにしか巡回しないやり方だと、痛みで苦しむ、恐怖に怯える(当然飢える、渇く)イノシシを数日間放置することになる。すでに死亡していることもある。これではアニマル・ウェルフェアに反するし、そもそも肉もまずくなるに違いない。瀕死の状態が長く続いていたものや、死後しばらく経ったものを解体しても、見た目は同じような肉塊になっても、それが美味しいかどうか、安全かどうかは別物だ。これが同じイノシシ肉でも美味しい肉と臭い肉がある理由のひとつらしい。同じように命をいただくにしても、野生動物(イノシシ、シカ、クマなど)であっても産業動物(ウシやブタなど)であっても、痛み、苦しみ、恐怖をなるべく排除することは、動物のためであり、それを食する人間のためでもある。

 今ジビエブームで人間用でも犬用フードでもシカ肉などが注目されているが、今後さらに効率を優先した商業目的の猟が増えると、そうした倫理観がないがしろにされる恐れがある。目先の利益ばかり考えて乱獲し、自然資源が枯渇する(=持続可能ではない)事態になることも容易に想像できる。ついでに言うと、別の県での話だが、昨今ではくくり罠そのものを盗難する事件が増えているという。なんと世知辛い。そういう「ゲスな」猟師だと、他人はおろか野生動物に対するリスペクトがあるとは到底思えない。ひと言で罠猟師といっても、モラルや動物への敬意の有無などにずいぶんと差がある。これを改善しないことには、よい狩猟文化、ジビエ産業は育たないだろう。

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ピンク色のリボンの下に、くくり罠が設置してある。素人目にはどこにあるか全然わからない。イノシシは警戒心が強い。まさにイノシシと人の知恵比べ

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隊長は、毎日、罠の見回りに行く

そして解体。生き物の命をいただくとは

 猟仲間が集う「猟師部屋」が、Sさんの実家の母屋の道路向かいの川べりにある。この平屋の建物には、ハウンドたちが7頭くらいいる犬舎、犬用ごはんを煮る五右衛門風呂を浅くしたような釜、イノシシ解体場、そして猟から帰ったあとにひと段落してお茶を飲んだり、焼酎を飲みながらイノシシを食べたり、猟師仲間の第2のリビングというか寄合所のような部屋がくっついている。猟仲間の大人の基地のような感じ。古い写真や新聞記事が額に入れて飾ってあった。

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犬舎といろいろな部屋がひとつ屋根の下にある猟師小屋。左は、犬のごはんを炊く、五右衛門風呂を浅くしたような大釜。イノシシの端肉や骨、サツマイモ、米、野菜などを煮る。今流行りの手作り食を、昔っから実践していた。右はお茶を飲んだり、囲炉裏で焼き肉を食べる居間のような部屋。昔の写真や新聞記事などが飾ってある

 その小屋で、ついに獲物と対面した。解体部屋に50kgくらいのオスのイノシシが横たわっている。まだ体温が感じられるほどの状態。まずは熱めのお湯をかけながら、イノシシの剛毛を薄皮を剥ぐようにきれいに取り除いていく。そして、魚を三枚おろしするように、頭を落とし、腹を割いて、内臓を傷つけずにごそっと抜き取り(腸などの内臓を破くと、肉が汚染されてしまう)、背骨とあばら骨をはずし、関節をはずし、肉と骨を分けていく。4人がかりで、黙々と素早く作業し、あれよあれよという間に、毛だらけの獣が、肉屋で見かける肉の塊になっていった。猟師たちに無駄な動き、無駄なお喋りはない。

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罠で獲れたオスのイノシシ。熱いお湯をかけながら毛を削いでいくのを手伝わせてもらった。コツが必要で難しいし、力がいるし、腰が痛くなる態勢。解体作業は体力と技が必要

 解体現場は衝撃的な光景のはずなのに、なぜか怖くなかった。すんなり受け入れられたのはなぜなのだろう。途中で、自分を客観視して不思議に思った。獲物を目の前にして、アドレナリンがでたのか。さすがに初っ端は少しビビったのだが、すぐに目の前の生き物に向き合っていた。

 事前に想定していた、むごい、こわい、気持ち悪い、などといったマイナスの感情は湧いてこなくて、むしろ、すごい、尊い、ありがたい、という気持ちになった。まず、猟師たちのさばき方の素早さ、正確さ、厳しさに心を打たれた。小さな肉片も無駄にせず、丁寧に上手にそぎ落とす。段取り(次の工程に代わるときの対応など)が悪いと怒鳴られそうになる。非常に厳しいし、ピリッとした空気に包まれている。それは猟師たちが、昔っから培った経験と技術で、イノシシに対して深い敬意と感謝の気持ちを抱きながら「肉」にしているからだ。生き物の命をいただく、という行為は、チャラチャラした生やさしいものではないんだ。

「生きる」とは。「生と死」とは。ほかの動物の命をいただいて「食べる」「人間が生かしてもらっている」とは、こういうことなんだと思った。また、通常の都会生活をしていたら、こんな現場に遭遇することはないけれど、スーパーに並んだ牛肉や豚肉を毎日のように食べている私たちは、誰か別の人にこの作業をしてもらっているだけであって、本当は他人事ではない。解体とか精肉にする作業とは、本来は自分たちの生活に密着したもの。狩猟が、可哀想とかむごいと言うのは違う気がした。イノシシやシカといった野生動物であろうと、ウシやブタといった産業動物であろうと、私たちは、ほかの動物の命をいただいて、生きている。それをこの猟師小屋で切に感じた。スーパーに並ぶ白いトレイにパッキングされる前は、みんなこんな風に四つ足の生き物なんだ。感謝して、命をいただく、という根本を思い出させてくれた。

 一方、産業動物がいるんだから、野生動物をわざわざ殺して食べなくてもいいだろう、という意見もある。でも、枝肉に変身していくイノシシを見ていると、イノシシも、ウシも、ブタも、命には変わりはない。なら、ベジタリアンやヴィーガンになればいい、という意見もあろう。でも、すべての国民に肉食禁止するのは栄養学的な観点もあるから現実的ではないように思う。とにかく、私たち人間のほとんどの人は、ほかの生き物の命をいただいて生きているということを実感して、ちゃんと感謝することが大事ではなかろうか。猟師小屋は「ほかの生き物を殺して」「私たちがそれを食べて、生かしてもらっている」というありがたさを痛感できる場だった。

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毛だらけの野生動物が、あれよあれよという間に肉屋のバックヤードで見たような肉の塊に

猟犬と生きる。イノシシと生きる

 今回は「猟犬の悦び」「狩猟本能の為せる技」「古き良き猟師の生きざま」「食べるとは」などを、ダイレクトに感じることができた。そうそう見られることではない。あとで聞いたら、あの罠で獲れた1頭のあとは、翌日も翌々日もそのまた翌日もイノシシが獲れなかったそうだから、あの2泊3日の取材期間中に、解体を見学できたことはタイミングがよかった。山の神様に感謝したい。

 こののどかな里山の集落には、現代的なショッピングモールやレストランはないけれど、イノシシがいる。イノシシ猟とイノシシ猟犬の文化がある。趣味というには大がかり。集落あげての風習、文化に近い。さらに猟仲間は、集落や県内だけにとどまらず、九州、山陰、静岡など本州にもいるという。猟仲間ネットワークがあり、犬の譲渡や、宮崎で一緒に狩りをする。猟期になると、親戚のように男衆が各地から集まり、犬と猟に行き、猟から帰ると焼酎飲んで、シシ(イノシシ肉)を食べて、数日間〜1週間以上も隊長の家に泊まっていたという。イノシシ猟合宿みたいな感じなのか。そんな猟の文化、風習があるとは知らなかった。子どもの頃からそういう営みを毎日見て大きくなったSさんの奥様は言う。

「親戚というより家族。近所に住む親戚よりも、毎日会う、猟のおじちゃんたちという感じです」

 こんな昔ながらの、(しかも県境も越えた)コミュニティがあるとは。イノシシ猟という文化がつなげた集団。アナログで、情のある、濃いコミュニティである。興味深い。そして現代の都会で暮らす人から見れば信じがたい、奇跡のような、人と人のつながりが息づく風習だ。しかし、猟師の高齢化により、この文化ももうなくなりそうである。倫理観のある猟師の文化が絶滅してしまうのは惜しい。

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ここの犬たちの首輪には、大きな字で、隊長の名前、住所、電話番号がガッチリ書いてあるし、無線機もつけている

 それにしても、日本全国には、いろいろな猟師がいる。価値観もコミュニティも猟のやり方も、猟犬に対する扱いや考え方もさまざまで、十把一絡げに「猟師」を良いとか悪いとか評価はできないと今回わかった。ただ今回確実に言えることは......イノシシ猟犬であっても人に攻撃性を持たない犬もいるということ、猟をしているセント・ハウンドは高らかに吠え、狩猟本能を発揮し、猟犬らしく輝いて生きていたこと、猟犬を道具扱いせずにちゃんと最後まで面倒を見る猟師もちゃんと日本にいるということ、イノシシの命を一欠片も残さず大事にいただく猟師文化は素晴らしいこと......などをこの目で確かめることができた。

 日本の猟犬の問題、狩猟の問題は、奥が深い。ちょっと見聞きしたからと言って、簡単に論ずることなどできない。けれども、現場の真実を発信していくことは重要だと思う。何より「知る」ことが、相互理解や問題解決の最初の1歩になるのは間違いない。日本の猟犬の「5つの自由」が守られるように、さらにはイノシシやシカなどの日本の野生動物の「5つの自由」も気に掛けてもらえるように、犬や動物を愛する飼い主みんなで、これからの猟犬たちの未来、狩猟文化の将来を一緒に考えていけたらいいなと願う。

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日本のイノシシ猟犬が、捨てられず、飢えず、幽閉されず、幸せな一生を過ごせる狩猟文化を育てよう!

◎著者プロフィール

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白石かえ
犬学研究家・雑文家。家族は、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターのクーパー、ボクサーのメル、黒猫のまめちゃん、夫1、娘1。前職は、自然環境保護NGO・WWFジャパン。犬猫と暮らして30数年。彼らの存在は可愛いだけでなく、尊い。犬が犬らしく生き生きと暮らせる、犬目線の原稿を書くのがライフワーク。

●執筆サイト: dogplus.me 犬種図鑑 ほか多数
●ブログ: バドバドサーカス
●主な著書:
『東京犬散歩ガイド』、『東京犬散歩ガイド武蔵野編』、『うちの犬 あるいは、あなたが犬との新生活で幸せになるか不幸になるかが分かる本』、『ジャパンケネルクラブ最新犬種図鑑』(構成・文)

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