
2015年・秋。「あお」と名付けた柴の仔犬を迎え入れ、生まれて初めて「犬の飼育員」となった「僕」と「もうひとり」。今回はあお自身も、いけないとわかっているのについついやっちゃう「パクッ」を巡る戦い......。
小さい頃あおは、公園に行くと暇つぶしのように、落ちている枝をかじり折り、転がっている松ぼっくりをかじり壊し、飛んでくる落葉を歯でむしっていた。
僕は、枝をくわえさせることに抵抗があった。かじっているだけならいいが、時々その破片を流れで食べているような......。なので、あおにやめさせようと注意していたら、「もうひとりの飼育員」は「犬なんだから枝をかじるのは本能だし」と、いちいち枝を取り上げる僕に否定的だった。本能と言われればそうかもしれないと思い「じゃあ松ぼっくりだけはよしとするか?」と、謎の折衷案を出していた時もあったが、ある日の夜散歩を境に、我々飼育員の方針はひとつに決まった。
立ち寄った夜の公園。街灯はあるが、隅の方は暗くてあまりよく見えない。そんな薄暗い公園の隅にある草むらを、あおはクンクンやり始めた。さらにゴソゴソやり始め、何をやってるんだろう?と思っていたらいきなり「ポリポリポリ」という乾いた音!
「わ!今、ナニ食べたーーー!?」
あおがやたらとクンクンしていた場所に顔を近づけて見ると、誰かが野良猫のために置いたキャットフード!あおは目ざとくそれを見つけ、何の断りもなしに試食したのだ!
怖くなった。
「これ、もし変な物が入ってたらどうしよう」
幸運にもそれは杞憂に終わったが、やはりこれは、落ちている物を口に入れてもいいと思っているからだ!と推測し、我が家では「落ちている物を口にするのは一切禁止」とした。
しかし地面にはあおを惑わすモノがたくさん落ちている。公園には誘惑がたくさん。枝、松ぼっくり、どんぐり、石ころ、などなど......。とにかく落ちている物をくわえたら、すぐに取り上げた。しかしあおは断固としてくわえた枝、松ぼっくりをあきらめない。なんとしても破壊したいようだったが、それでもなんとか取り上げた(基本的に執着心はそれほど強くないので、取り上げられて唸ることはない)。
においを嗅ぐ流れから何かをくわえる
まさにくわえようとしている瞬間!
「あお!ダメ!」⇒(その後取り上げる)
何度注意されても、あおは懲りずに枝をくわえた。そのたびに「やめろ!顔あげろ!」とやっていたのだが、ある飼い主さんに「それが遊びになってしまう場合もありますよ」と言われて、うーん、困った......どうしよう。
いつものようにあおが通うドギーステップ(犬のしつけ教室)のトレーナー川野輪さんに聞いてみた。川野輪さん:「このまま落ちているものを口に入れていいと思っていると、体に害のあるものや、最近よくある、犬や猫をよく思わない人が置く、毒入りの餌などを万が一食べてしまうこともないとは言えないですよね『ああ、あの時やめさせておけばよかった』と後悔しても、後悔し切れませんから」
確かに......想像してみる。この間あおが食べたキャットフードが、もしも毒入りだったら......。悔やんでも悔み切れない!こわいこわいこわい!でもどうすれば?
川野輪さん:「やはりここは枝も松ぼっくりも、もちろん置かれているキャットフードなどもすべて、落ちている物を口にするのは禁止にしましょう」
珍しく、僕が我流でやっていた対策に川野輪さんからOKが出た!が、なかなか上手くできないでいた。
僕:「なかなかやめないんですよね。口にしそうになったら『ダメ!』と注意ですね?」
川野輪さん:「そうです」
僕:「もし、そのまま口にしてしまったら、リードをぐいっと引いていいんですか?」
川野輪さん:「そうですね」
僕:「『ダメ!』と言ってから「グイ!」ですか?それとも『ダメ!グイ!』と同時ですか?」(こういう細かいところがわからないので、もう、恥を忍んでなんでも質問)
川野輪さん:「グイっと引かれた時に『ダメ』という言葉を認識できていない可能性があるので、そういう時はグイっと引いて、やめさせてから『ダメ』と言ってください」
やっぱりあるんだ、順番......。
僕:「わかりました。でも本能だからやめさせるのは大変ですよね?それとも他にすることがなくてヒマだからやるんですかね?」
この相談のあと、川野輪さんは教室のトレーニング時間に、僕らが行く「いつもの公園」に、あおを連れて行ってくれた。「いつもの公園」では、あおの枝かじりやにおい嗅ぎは止まらない。
川野輪さんはその時の動画を見せてくれた。
川野輪さん:「あおちゃんは見ての通り、下を見ることすらしません。常に意識は私にあります。顔も私を向いています。散歩としては100点ですよね」
動画には川野輪さんが止まれば止まり、指示が出ればオスワリをし、外ではめったにしないフセもしている。
僕:「これ、あおですよね?」
いつも思い出す川野輪さんの言葉が頭に浮かぶ。
「結局、誰がリードを持っているか、ですから」
ガーン......。
こんな"チラ見"すらなかった
あおはオヤツ目当てで指示に従っているのではない。川野輪さんとあおの関係がしっかりとできているからなのだ。
川野輪さん:「犬は緊張をほぐすために枝をカジッたり、においを嗅ぎ回ったりすることもあります」
僕:「あおが緊張?しているようには見えないですけど......」
川野輪さん:「例えば、あおちゃんがすれ違う犬にガウガウいくのも緊張しているからです。もちろん和犬なので洋犬の陽気さが生理的に苦手という場合もありますが『むこうから知らない犬がきた!わたしが守らなければ!』と、あおちゃんは散歩のリーダーとしてガウガウといっている場合もあります」
僕:「リーダーのつもりなんですか?こいつ」
川野輪さん:「例えば今、自分の周りにいるのが小学生だけになったとしたら、自分はどんな態度や行動を取らなければならないか? きっと自分がこの小学生たちを守り、牽引していかねばならないという気構えになりますよね?」
僕:「オトナは自分だけですからそうなりますね」
川野輪さん:「犬を連れて歩く時はこれと同じなんです。犬は小学生。オトナである飼い主がその小学生と同じレベルでいたら、小学生だって『この人大丈夫か?』と思うでしょう」
確かに、あおと散歩するとき、クルマは来ないか?他の犬とガウガウやらないか?落ちているものを口しないか?排水口の柵に足を取られないか?などなど、もし万が一のことがあったらどうしよう......と、360度警戒しながら、いつもピリピリしている。
そういう空気が敏感な犬に伝わり、犬は「この人ビビってる......自分が守っていかなきゃダメだ」と思うらしい。
「川野輪さんといたら私は安心」
それがあおの行動に出ているのだ。
以前、川野輪さんに言われた、
「たまにはあおちゃんが行きたいところに行かせてあげるのもいいですよ」
「どうしてもにおい嗅ぎしたい!という時があったら、まあ、たまにはさせてもいいかもしれませんね」
というアドバイスを、ついうっかりたまにではなく毎日やらせてしまっていた。その結果、行きたくない方向には座り込みで断固拒否、におい嗅ぎをしたいところでは、首が取れてもいい!と言わんばかりにぐいぐい前に突っ込んで嗅ぎ続ける。やはりいつしか、散歩はあお主導のものになっていた!
(『そうだろうな』とはなんとなく思っていたが......)
川野輪さん:「飼い主さんは、犬が楽しい時のことはよく分かるんです。おやつを食べたい、おもちゃで遊びたい、かまって欲しい、そういう楽しい要求はよくわかるし、それに応えられるんです。でも犬が困っている時や、不安な気持ちでいる時を感じられる飼い主さんは少ないんです。なので、対処もできず、結局犬は自分で問題を解決しようとして、それが結果として人間からみて"問題行動"と呼ばれることになるんです。犬は悪くないんです。問題は犬と一緒にいる人間なんです」
僕:「申し訳ありません」
人間代表として思わず謝った。
川野輪さん:「あおちゃんが安心できるぐらい毅然とした態度で散歩をしてください」
僕:「はい!わかりました!!」
心の中で敬礼である。
川野輪さん:「でも硬いだけでは散歩は犬も楽しくないですから、リラックスすることも大事です」
僕:「わかりました!」
もう、両手で敬礼である。
ああ、犬との散歩はなんて難しいんだ!
どうしたらいいのか......考えたって無駄、ストレートに聞こう。
僕:「あの......どうすればいいですか?」
川野輪さん:「わたしは犬と接する前に深呼吸をします。深呼吸、いいですよ」
犬のプロが未だに犬と接する前にしていること"深呼吸"。緊張感を持ちつつ、リラックス......。飼い主として学ぶことはまだまだ山ほどありそうだ......。
川野輪さんと決めた「落ちているものは枝も松ぼっくりも全部禁止令」、我々は徹底的に続けた。
"いつもの公園"でよく会う方々には「あお、枝禁止キャンペーン中です」とご説明して、あおが枝をかじろうとしていたら「あおちゃんダメだよ」と注意してもらったり、取り上げてもらったりしながら......。
高枝切り鋏で枝を切るような感覚で、落ちている枝をバシバシかじって切るのが好きだったあおも、そこまで注意され続けると「落ちているものは口にしてはいけない」と理解し、記憶したようだった。禁止令は2歳になった今も続いている。基本的にあおは、もう落ちている物は口にしない。
でも時々、こそっと1センチぐらいの小さな枝をくわえていたりするので油断できない。
少し前、あおは近所の小さな公園に置かれていたネコのエサを見つけ、"においを嗅いでるだけです芝居"をしながらそっと近づき、僕にバレないようにそっと口にしたことがあった。
こちらが暗くてよく見えないのをいいことに、あおはコソッと食べているつもりなのだが、「ポリ、カリっ」という音ですぐにわかる!こちらとしてはその「ポリ、カリっ」音を聞いたとたんに「カチン!」である。
「はい、終了〜!!!」
あおを抱き上げ、公園から強制退場させる。今やったことがいけないことだと憶えさせるには、今されている"イヤなこと"と関連付けさせることが大事だと教わった。時間をあけると「なにこの人、急に不機嫌になってるわけ?意味わかんない」と、思われてしまうので、瞬時に、つまり現行犯逮捕で連行である。
「あ、ネコのを食べたから叱られた、わたし」と分からせるためにはスピード勝負。そしてその後はこの注意が関連付けられたかどうかを確認だ。
ここからは我流。
翌日、同じ公園へ行き、ネコのエサが置いてある場所にわざとあおを連れていき、様子をみた。
あおはエサの場所を気にしつつも、チラッと見るだけで近づかない。関連付け成功!
続いてトラップテスト。
まず、普通にオヤツをあおに与える。その次に「あ、落としちゃった」と、やらなくてもいい芝居をしながら、わざと地面にオヤツを落とす。あおは地面の上のオヤツを見て、一瞬「あ!落ちてる!」と反応。もしここであおが落ちたオヤツを口にしたら、強制退場。さあ、あおどうする?
あおは「これは何かおかしい......」と動かず。
再びあおにオヤツを与える。あお、食べる。
「あ、また落としちゃったよ〜参ったな〜」
やらなくてもいい小芝居で、またオヤツを地面に落とすと、あおはそれをじっと見たまま動かない。
そんなあおから目を離したフリをして、あおが、この落ちているオヤツをどうするか、横目で観察。
あおは......オヤツをじっと見つめたまま、「やっぱりこれはダメだろうな〜」という顔でしばしフリーズし、そのあと自分から未練を断ち切るように、オヤツの前から離れた。
「あお!いい子!」
こうして"下に落ちているモノは口にしちゃダメ"を再確認させた。
先日、あおは公園の花壇のブロックの上に置かれていたネコのフードを僕に断りもなく、コソっと食べやがった!(そう言いたくなるぐらい腹が立った!!)
「はい終了!」
抱き上げ公園から強制退場させながらふと思った。今回はブロックの上。もしかしてあおは「これ地面じゃないよね......。だからいいのかな......グレーゾーンだけど、まあいっちゃえ!」という感じでパクっといったのかもしれないと......。
※犯行現場:この葉っぱの奥に置かれていた......
『地面に落ちている物と、地面じゃなくても誰が置いたかわからないものを口にするの禁止!』このルール、あおに理解できるかどうか......いや理解してもらいます!
「これはにおい嗅いでるだけー」
(つづく)
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
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