
2015年・秋。「あお」と名付けた柴の仔犬を迎え入れ、生まれて初めて「犬の飼育員」となった「僕」と「もうひとり」。最初の頃はあんなに前へ前へと歩きたがっていたのに、1歳を越えてからのあおは、いろいろなことにこだわり始めた......。
いつの頃からか、「もう歩きたくない!」と座り込むようになったあお。
柴犬が座り込んで歩かなくなり、リードを引かれても踏ん張って顔がへしゃげている写真をよく見るが、まだあおが何の迷いもなく僕が行く方にひたすらついて歩くのが好きだった頃、それらを見て、「へ〜歩くの嫌がる犬もいるんだな」と思っていた。が、しかし、『歩くの嫌がる犬』はうちにも突然現れた。
最初は疲れているのかと思った。けれどそれは「帰りたくない」「そっち行きたくない!」「まだにおい嗅いでるの!」「カフェに行く!」「帰るだけ?だったら抱っこして!」などのわがままアピールであることがわかった。
「帰ろうよ」「起きて」「歩いて」どんなに頼んでも受け入れられることはまずなかった。
リードをちょっと引いただけではまず動かない。強く引くと首がもげそうで怖い。
『立ってよ おおちゃん!』(2016年7月2日)
(顔がひどい)
「座り込んで向いている方向と逆にリードを引くと、犬は立ち上がるしかなくなる」という方法をネット見つけてやってみたら、一回目は「え?」と立ち上がったが、二回目はダラケ座りのまま動こうとしないので、首吊りのようになってしまい、周りの人に「わたし乱暴に扱われてます」と健気な犬のフリをされたので即、中止した。
だったら!と、座り込みに付き合ってみたこともあった。
5分、10分、15分......日頃、待つことが仕事のようなもののあおにとって、持久戦はお手の物、こちらに勝ち目はなかった。
結局、我々飼育員の選べる道は......
①要求を飲み、あおの行きたい方向へ進む
②抱き上げて移動
この2択しかなかった(ダメすぎる......)。
1歳半から体重は8キロ台。抱いたまま移動するのはかなりキツい。普段の散歩道なら、まだ座り込むのも分かる気もするが、思う存分新鮮な散歩を楽しませてやろうと、わざわざクルマを出し、少し離れた広い公園に連れて行ったのに、散歩開始後すぐ、偶然見かけた、カエル(猫に対するのと同じぐらい強い興味を持っている)に執着して、30分以上も嗅覚をフルに使ってそのカエルの行方を嗅ぎまわり、挙げ句の果てに「もう疲れた、抱っこして」といきなり座り込まれた時は思わず「はぁ〜?!」と声が出た。
犬って公園に来たら、嬉しくてあちこち歩きまわるものなんじゃないの?なんでろくに歩かず、こんな狭い範囲をひたすら匂い嗅ぎして疲れて座っちゃう?
立ってあおちゃん!歩いて!動け!......全然動かない。
わかったよ!抱っこすればいいんだろ!
ちょっとー、重いよー。
なんで8kgの物体抱えて公園横断しなきゃなんないんだよー。
あ〜駐車場反対側だよー。
遠いよー。重いよー。何トレだよこれー。
......あの時はホントに腹が立った。
『引っ張り地獄散歩』『あちこちビョンビョン危険散歩』など、初心者飼育員の手には負えなかった悩みも、プロのアドバイスでなんとか乗り越えてきたことを思い出し、久しぶりにドッグトレーナーの川野輪さんに相談してみることにした。
「〜という感じで、座り込んだら全然動かないんです!」
こちらの告げ口が終わると、川野輪さんは即座に聞いてきた。
「歩かなくなった時、声をかけてますよね?」
どこかで見てました?と聞きたくなるぐらいの鋭い指摘。
「『どうしたの?』とか『なんで歩かないの?』とか、声かけてます?」 「はい、かけてます」そんな声をかける前に、実はつい「え?いきなり座っちゃう!?」とか、「いやいや、意味わかんないんだけど」とか、「なんでだよ!」などツッコんじゃってもいた。その後に、「起きて」「立ってよ あおちゃん」「歩こうよ」「どうしちゃった?」などなど、声かけのオンパレードだった。これがどうもいけないらしい。
「相手をした瞬間から、そこは"人と犬の交渉の場"となります」
出た、初耳! "歩きたくないあお"と、"歩かせたい我々"との駆け引きが、声をかけた段階で始まっているというのだ。
「あおちゃんはその交渉が、10割とはいかなくても、8:2ぐらいで自分が勝つことを覚えているんじゃないですか?」
バレてる......さすが川野輪さん。
「座り込まれると、つい面倒くさくなって抱きかかえてました。抱っこはイヤじゃないみたいなんで......」
川野輪さんの顔は(この人、相変わらず犬に甘いな〜)。このままだとまた怒られそうなので、
「でも時々リードをグイッと引いて『いくぞ!』とやるとトボトボついてきます。でもあまりリードを引きすぎるとノドが締まってしまいそうで怖くて......」と、言い訳のように付け足すと、犬のヌイグルミを使って説明をしてくれた。
「リードを前から引いた場合、犬は、首を前に押される形になるだけなので、ノドへの負担はないですから」
ホントだ......。人間でいうと、ネクタイを持って前に引っ張られているようなものか。自分の首の後ろを手で前に押してみて、その感じがようやくわかった。
「それから、座り込んでから(どうしよう)では遅いです。座り込もうとした瞬間、『はい行こう!』と、リードを引いて先に進んでください」
......これはなかなか難しそうだ。なぜならあおは本当ーーーに突然座り込む。なので即反応できそうにない。
もし先に座り込まれてしまったら?
「座り込んだ瞬間に抱き上げて、2メートルほど移動させてから、また歩くとか......。その時も、声はかけずに、黙ったまま事務的に。座り込むたびにそうされることで、あおちゃんに"座るといちいちやられて嫌だな"と思わせられるかもしれません」
"抱き上げてちょい移動して降ろす"これならできそうだ。ポイントは"黙って"。あおと"交渉"になってはいけないのだ。
この対処法を教室の帰りから早速試してみた。
少し歩いたところで、あおはいつものように座り込みを始めた。リードに抵抗があった瞬間、"これは座り込みだ!"と止まらず「行こう!」とリードを引いて前に進んだ。見るとあおは、座ろうとしていたところを急に前に引かれたので前足が宙に浮き、後ろ足だけでぴょんぴょんと進んでいた。
(これはちょっと危ないかも......)
"座り込んだら即、無言で抱き上げてちょい移動"に切り替えることにした。
しばらく歩くと、来た!座り込み。いつもなら、つぶらな瞳でこちらを見上げるあおに、何らかのツッコみをしているところだが、ぐっと堪えて事務的に、目すら合わせず、無言で抱き上げた。
そのまま2メートルほど前進して降ろす。するとあおは、なんとそのまま歩きだした! 効果あり!......と思ったら、直後に再び座り込み。しかしここで諦めてはいけない。あおに"座り込むたび、いちいち抱き上げられてうっとおしい"と思わせるのがこの作戦のキモなのだ。こちらは何度でもヤル気満々!
さっきと同じように抱き上げ、前進して降ろすと、あおは再び歩き出した。けれどしばらくしてまた座り込み。無言で近寄り、抱き上げようと、まずお腹に手を当て、立たせようとすると、あおは自分で立ち上がり、再び歩きだした。
あおの心の声、(わかってるから!)が聞こえた。もちろんこちらは、無言を貫き通した。
川野輪さん曰く「犬は言葉が喋れない分、こちらの心理を読むのが上手いです。こちらがどういう気持ちでいるのかを察しています」
あおに声をかけていた頃は(どうしよう。待つか、抱っこするか)など、心の中でいろいろ考えていたのだが、この"無言で抱き上げ移動"の時は、ただ前に進むことだけを考えていた。まさに"有無を言わせず"。これがあおには一番効果ありのようだった。
さらに、リードを前に引く分にはノドに負担はないと教わり、止まろうとしても、ある程度強く引けるようになったことも、あおにとっては驚きだったのだろう。座り込もうとすると、強く前に引っ張られる、座り込んだらいちいち抱き上げられてうっとおしい。座り込んでも無言の時は(この人ダメだな......)と、わかったようだった。
この対処法導入で、あおの散歩は脅威の改善となった。
数日後、その事を川野輪さんに報告した。うまくいったことを喜んではくれたが、
「......でもあおちゃん、また別の策を練ってくるかもしれませんね。柴は頑固ですから」
不気味な予言。あおとの戦いはまだまだ続くのか......ため息......。
追記:そしてその予言は見事的中。あおの座り込みとの戦いは未だ続いてます(T T)。
最近の「立ってよ あおちゃん」
「カフェ入りたいのに......」
「カフェ入りますから」
「そっち行きたくない」
コンビニの駐車スペースに謎の座り込み
(誰か待ってんの?)
(つづく)
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
「コントみたいな犬との暮らし【柴犬生活漂流記】」記事一覧