
2015年・秋。「あお」と名付けた柴の仔犬を迎え入れ、生まれて初めて「犬の飼育員」となった「僕」と「もうひとり」。月齢11カ月。あおは、あいかわらずけっこうな自己主張を繰り返していた......。
散歩での、あおとの主導権争いは終わらなかった。
帰りたくない、そっちに行きたくない、そう思ったら即、横断歩道のど真ん中だろうとなんだろうと、その場で文字通りの座り込み。いくら引っぱってもダメ。だったら持久戦だ!お前が動きたくなるまでこっちも動かん!とスト合戦をしたこともあった。
「行こう」が聞こえないフリの顔
あれは夜の散歩。スタート20時過ぎ、スト発生が21時過ぎ、根負けして抱っこして帰ったのが22時。
ストの現場は散歩でよく通る緑道だった。通りがかったカップル、彼女の方がちょこんとオスワリをしているあおを見つけて彼に「かわいい~誰か待ってるのかな~?」と言っているのが聞こえた。心の中でその子に言った。
「こいつが動くのを俺が待ってるんです」
余裕の顔で座り込む
においを嗅ぎたい!と思ったらこれまたその場から動かない。
ダメだ!いくぞ!と引っ張ると、早足で歩きながら鼻を地面スレスレに、警察犬のようにクンクン歩く。のべつ幕無し嗅ぎ回るのはやめさせたいが、あおのアゴを手で持ち上げ続けながら歩くことはできず断念。
さらに犬と遭遇すると挨拶せずにはいられないらしく、距離が縮まったところで一気に飛びかかる。勢いがありすぎて、相手の犬も飼い主も、柴犬ということもあってドン引き。
遠くから来る犬を見つけては、伏せて待つことも多かった。
「友達になりたいから、自分を小さく見せて敵意がないことを伝えてるのかな?かわいいな」と思っていたが、あとから、伏せ待ちは獲物が近づいてくるのを待ち伏せしているようなものだと聞かされ、ショックだった。
どうすればいいのか......。散歩を始めた頃の悪夢が思い出された。
散歩が嫌で嫌で仕方なかったあの頃。毎日が憂鬱だったあの頃が、悩みの内容を変えてまたも戻ってきた。
散歩行きたくない。暑いし、蚊も出てきたし、何よりグイグイされるのがイヤ。
もうひとりの飼育員はどうしていたか?そういう問題が起きている時に限って彼女は、あおの面倒をみる時間がない状況にいた。この頃は舞台の稽古と本番の時期で、疲れもあって朝はお休みになっており、夜はお帰りが遅く不在。結果、朝晩の散歩は全てひとりで担当していた。
このシングル飼育員状態で、あおの散歩問題を解決してくれるのは、我々の神、川野輪さん(※あおのドッグトレーナー)しかいない。本当は飼い主トレーニングを受けなくてはならない状況だったが、その時間がこちらにはなく、連絡ノートにSOS文を書き、アドバイスをもらった。
以下、川野輪さんからの返答(要約)。
■トレーナーとの散歩ではにおいを嗅ぐことも、ストを起こすことも、他の犬に飛びかかるようにして近寄ることもない。
■おそらく飼い主が主導権を握られている。
■犬の好きに散歩をさせ過ぎ。
■常ににおいを嗅ぎながら歩くのは「追跡」でよくない、嗅がせたくないタイミングでは人間がいちいちリードを引き上げてやめさせるべし。
さらに『一緒に散歩トレーニングをしましょう』とも書かれていたが、まずは自力でこれを実践してみることにした。
その日の夜。散歩し始め、あおはいつものように自分が行きたい方向に進もうとした。そこで、最近やらなくなっていた、"リードをぐいと引っぱって方向転換"、あおの姿を見ると力を加減してしまいそうなので、後ろ手にリードを持つ作戦でこちら主導の散歩を開始した。
「小」、または「大」をする時間でもあったので、あおは足早。そこで、これまた散歩デビューの頃に毎日やらされた「一歩散歩」の出番。
「あお、速い!」あおが先に進んだら、その場で止まる。あおが止まってリードが緩んだら再び歩き出す。この一歩散歩、デビューの頃は何度やっても、あおはリードを引っぱってハーハー言いながら先を急いだものだが、さすがに11カ月にもなると、(しつけ教室で散歩トレーニングをしてきただけあって)割としっかり、こちらにスピードを合わせて歩いてくる。
そしてにおい嗅ぎ。『追跡行動』と川野輪さんが書いていた、鼻を地面につけるようにしてにおいを嗅ぎながらひたすら歩き始めた瞬間、アドバイスに従ってリードを上に持ち上げた。
「今はダメ」
2回ほどやると、あおはそれもやめた。おお、川野輪さんの言うとおりの「散歩上手のあお」がそこにいる!
「あお、やればできるのか!!いい子!」
「小」もちゃんとした、「大」もできた。あまり長い散歩だとボロが出そうだ。今日のところはもう帰ろう。帰路をうまくやり切れば100点散歩の完成である。
「あお、いい子、いいね~あお!かわいいね」
あおが好きそうな言葉を声に出しながら歩く。あおはそれに応えるようにまっすぐ歩く。
家が近づいてきた。もうすぐ!あお!止まるな!におい嗅ぐな!他の犬に会いませんように......。
そしてゴール!!あお、100点散歩達成~!!
結論。基本的にあおは自分のしたいように散歩するが、こちらがこの散歩は勝手にやってはいけない散歩だとうまく伝えてやれれば、歩調を合わせて歩いてくれる。散歩のトラブル、どうも散歩させる人間の方が散歩下手だったというオチであった。
リードをグイグイ引くこともなく、月齢11カ月のあおとの毎日の散歩は安定していった。この頃は夏。毎日同じぐらいの時間に出て、同じ道を進み、同じ公園に向かっていた。またもや安直、何かで"柴犬はルーティーンがいい"というのを読んでしまったからだった。そんな散歩が2週間は続いた頃、1歳を目前に控えたある日の朝、"あお革命"が起きた......。
「もうこの道、行きたくないんだけど」
いつもはまっすぐ進む曲がり角。左に行くとあおの好きな、大きな公園がある。そこであおは座り込んだ。しかしその公園は、この時間まだ門が閉まっている。
「あお、まっすぐ行こう。まだ開いてないから」
何度声をかけても、カラダをつついても、頑なに動こうとしない。
しばらく動かないので、仕方なく、左に曲がって公園の方へと進んでみると、あおはすくっと立ち上がり、僕についてスタスタと歩き出した。
まだ開いていない門の前。以前のあおは、どうして中に入れないのか理解できず、いつまでも門の前で「入りたい~入りたい~」とク~ンクン言っていたのだが、もうすぐ1歳のあお、人年齢では13歳~16歳といわれているだけあって、少し座って「ダメだわ開いてないわ」と、即、門の前から離れ、別の公園へと向かった。
名残惜しそうに門の向こうを見つめる
そしてその日夜の散歩。
19時過ぎに外に出て、いつものルートを行こうとした途端、あおはいきなり動かなくなった。大好きな散歩なのに、スタートの瞬間からストライキ?こんなの初めてだ。
いつものルーティーンコースは右へ。けれどあおは、左以外には進まないと主張する。こちらは何度も右に引っぱるが、あおは左へ左へ行こうとする。
その時のあおの顔を見ているうちに、あおの心の声が聞こえてきた。
「あんたのデート、ワンパターンなのよ」
え?ドキっ!
「せっかくのデートなんだからもっといろんなところ行くとか、ないわけ?」
だってあお、いつもの公園好きって言ってたじゃん!左の方の公園はあんまり好きじゃないって言ってたし!そう言おうものなら、あおはこう言ったであろう。
「その時はそう思ったの」
出たーー!女子!
過去を振り返らず、前を向いて歩いているから、気持ちは常に変化しているんです!というアレだ。
「わかったよ!」面倒くさくなって、あおが行きたい方向に行ってやることにした。
(この時点で主導権は彼女)
あおが進みたい方向へ、それはいつものコースと完全に真逆。試しにあまり好みではなかった小さな公園に進んでみると、なんとあおはついてきた。そして公園内を楽しそうに散策し、「小」も「大」も済ませた。
あおさん、ちょっと話が違いますが......。
その後あおは、さらに自分の行きたい方向へ......と思ったら、違った。この日、昼間は30度越えの暑さで、19時を回っても27度ぐらいはあり、湿気もあったのでなかなかの蒸し暑さ。それもあったのだろう、あおはたった20分で散歩を切り上げ、帰宅した。
足を拭かれ、エアコンの効いた涼しい部屋でまったりくつろいぎ始めたあおの心の声がまた聞こえてきた。
「いつもの公園、遠いのよ」
随分前から俺だって思ってたよ!それに毎日同じルートで歩くの、こっちだって飽きてました。全てあおのためだと思ってやっていたことだったが、どうやらそうは思われていなかったようだ。
「今度のデートはもっと研究してよね」
そんな顔で、あおはこちらをちらりと見た。
(つづく)
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
「コントみたいな犬との暮らし【柴犬生活漂流記】」記事一覧