
2015年・秋。「あお」と名付けた柴の仔犬を迎え入れ、生まれて初めて「犬の飼育員」となった「僕」と「もうひとり」。あおとの暮らしのメインイベント「散歩」を通じて飼育員が経験した"初めて体験"はどんな本にも載っていないものだらけ......。
「あ!なに食べてる!?」
なにやらクチャクチャやっているのを発見!イヤがるあおの口を開け、中を見るとなにもない。
誤飲騒動以来、あおがなにやら口を動かしているのを見るたびにヒヤッとすることが多くなったが、クチャクチャやっているその大半はエアー咀嚼。口の中に何も入っていないのによく、クチャクチャやっている。
「クセ?」飼育本には『誤飲に注意』とは書いてあっても、『中には何も食べていないのにクチャクチャやる犬もいるので、紛らわしい場合があります』とは書いてない。初心者飼育員としては、そんな些細なことが知りたかった。
初めてあおを、抱っこ散歩から地面に降ろした時にも、この「なにか食べているんじゃないか?恐怖」は僕を襲った。
今思えば、ただにおいを嗅ごうとしただけだったのだが、いきなり口を地面に近づけるものだから、「わ!なんか食べようとしてる!」と慌ててリードを引き上げてしまった。
犬が地面のにおいを嗅ぐのは当たり前だと今はわかるが、今まで一度も散歩中、地面のにおいを嗅ぎたいと思ったことのない僕としては、犬のその行為を上から見て「わ!なんか食べようとしてる!」になってしまった。
犬を飼う前は、犬を連れた人がにおいを嗅いでいる犬の横に立って、ずっと待っているのが不思議だった。というより、どうして犬がそんななんでもないような草や花のにおいを嗅ぐのか?それは楽しいことなのか、理解できなかった。
そして犬を飼うようになって2年が過ぎても、まだまだわからない場面が多々ある。なにもない土、なにもないコンクリート、どんな匂いがするというのだ?なぜそんなに没頭できるのか?犬にとってのにおい嗅ぎは情報収集だとよく言われるが、どんな情報があるのか?『こんなにおいの犬がここに来たのか!』『なるほど、ここに猫がいたんだな』など、いろいろ知るのだろうか?でもそれを知ってなんになる?
そんな、人にとってはあまり理解できない「におい嗅ぎ」だが、ある冬の日(寒いな〜。なにがそんなに楽しいのかな〜)と呆れながら、あおがにおいを嗅ぐのを見ていた時、(これってネットサーフィンみたいなものなのかも)と思ったら、ついつい時間を忘れてしまう気持ちがなんとなく理解できてきた。
はい、好きなのね......。でもネットサーフィンだとしても、画面を見せてもらえず、ただ横に突っ立っているだけなので、どっちにしてもヒマである。夜中に一人でやってもらいたいがそうもいかないので、飼育員の宿命と諦めてこれに付き合っている。
あおと散歩をするようになって、生活が大きく変わった。これまで近所付き合いすることなく暮らしてきた我々にとって、近所に知り合いがいるのは、仕事以外の顔見知りがいるのは、なんだかとても心強い。
しかし、元々"パーティーでの雑談苦手人間"、あおとの散歩をはじめた頃、初対面の人との会話が弾まなかった。話しかけられると、だいたいこんな感じ。
「寒いですね」
「そうですね」
「寒いと散歩も大変でしょう」
「そうですね」
どこかで聞いたやりとりである。
普段会うのは仕事関係の人。話す内容も仕事のこと。知らない人とする、何気ない世間話に慣れていなかった。
あおと散歩を始めたばかりの頃、一番面食らったのは、いきなり「何歳ですか?」と聞かれた時だ。相手も犬連れ。冷静に考えれば、犬の年齢に決まっているのだが、それまで一度も道端でいきなり初対面の人に「何歳ですか?」と聞かれたことがなかったので「え?誰の?」と、一瞬回路が繋がらなかった。
でもすぐに犬のことだとわかり答えようとしたが、この時あおは「5カ月」。「歳」で答えたことがない。(さい?さい??......0.5歳?いや違う、5カ月って何歳?)と、アワアワしてしまった。
最終的には「歳」で答えることをあきらめ「えっと、あ〜、ご、、、5かげつです」と、きごちない返答をしてしまった。
あの時「今、何カ月ですか?」と聞かれていれば「はい、5カ月です!」と、爽やかに答えられたかもしれない。残念だ。今でも悔やまれる。もう一度やり直したい。(そこまでは思ってないです)
名前でもなく、犬種でもなく、いきなり年齢を聞いてくる人がいることも学びながら、道で初めて会う人(特に飼い主さん)が聞いてくることが、基本、4つのことだとわかってきた。これはどの本にも載っていなかった。
(順不同)
・犬種
・名前
・歳
・性別
こうして並べてみてわかったが、わざわざ並べるほどのものではないので、本に載っていなかったのもうなずける。
でもこの4つを覚えておけば、飼い主同士の何気ない世間話が成立することを知った。それからは、スラスラと「はい、柴です」「あおって言います」と、颯爽と回答である。
余裕が出てきてからはこちらからも質問だ。
「ナニちゃんですか?」
これに対して「なんであなたに教えなきゃならないんですか?!」とか、「個人情報なんでちょっと......」と言われたことは、今のところない。
また、「ナニちゃんですか?」と聞かず「お名前は?」と聞いて、「ゆうこです」と自分の名前を答えられたこともない。
犬の名前を聞くだけなら簡単だ。しかし聞きっぱなしだと、次に会った時、うっかり忘れてしまうことも多かった。なので、忘れそうな時は会った場所と名前をスマホのメモに残すようにした。
と、名前の教え合いまではスムーズに進んだ。でも「性別」を聞かれた時は、たまにぎくしゃくした。今思えば、どーでもいいこと。なのに当時は引っかかっていた。
「女の子ですか?」と聞かれ、「はい、女の子です」ではなく「はい、メスです」と答えていた。
ライオンはオスとメス、ゾウもオスとメス、そして犬もオスとメス、なのに「女の子」って......。なんだか恥ずかしかった。
今思えば、「女の子でいいだろ!」である。
元気にあちこち飛び回り、青い首輪をしていて名前は"あお"、「男の子ですか?」と言われることも多かった。
その時も、「いや〜こう見えて女の子なんですよ〜」ではなく、「いえ、メスです」。
わざわざ変換してから、さらに否定していた。やっぱり「女の子でいいだろ!」である。
改めて、なぜあの頃「女の子です」と言えなかったのか?思い出しながら考えてみた。そして当時のあおの写真を見直して、その理由がわかった。
ひなたぼっこをしながらまどろむ、あおの顔。どうみても女の子ではなく、クリント・イーストウッドだった......。
「クリント・イーストウッド」、「荒野の用心棒」で画像検索ください
(つづく)
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
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