
2015年・秋。「あお」と名付けた柴の仔犬を迎え入れ、生まれて初めて「犬の飼育員」となった「僕」と「もうひとり」。次々と起きるどの飼育本にも載っていないトラブル、アクシデント、ハプニング。心労で3カ月の間、毎晩見るのは犬の夢だけ......。今は笑って話せるけれど当時はそんな余裕ゼロ!途方に暮れながら過ごした日々は、まるで大海原を犬と一緒に漂流しているような気分だった......。
仔犬を飼い始め、誰もが通る悩みの種『甘噛み』&『トイレ』のしつけ。もはや、問題行動を通り越して『猛獣行動』とも思えたあおの振る舞いに、「飼育員ら」がとった行動は......。
「あお」が来てちょうど10日目。激しい甘噛みに手も足も傷だらけ、キズ薬などと無縁の生活をしていた我々は、最近の薬の進化を、あおのこの"猛獣行動"のおかげで知ることができた(迷惑)。トイレの場所は覚えてくれず、部屋中にシートを敷くしかないのか?と、もはやお手上げだった僕は、以前近所で見かけた「犬のようちえん」と書かれた看板を思い出していた。それはまだ自分がまさか犬を飼うとは思っていなかった頃。その時は「へ~、最近はそういうのもあるんだね」と、「(後の)もうひとりの飼育員」と話しながら内心「犬を幼稚園に通わせる?なんて過保護な......」と思っていた。
「相談した方がいいのかな?」自問自答。しかし「大暴れする大型犬」ならまだわかるが、うちにいるのは手のひらに乗りそうな仔犬である。わざわざプロに相談するのもどうなのか?と抵抗はあった。が、そんな事を言っている場合じゃないだろ?!と、もうひとりの自分はネット検索を始めていた。動画がアップされていた。
【うち子に合ったしつけ方法を知りたい......そんな時はドギーステップにお任せ下さい!!】
力強いテロップが一筋の光に思えた。人の指示に従って見事に動く犬たちの姿は、我々新人飼育員には夢のような光景だ。「やっぱりプロに頼ろう」思い切って電話をかけた。
「あのぉ、甘噛みが......トイレが......」
「......わかりました。ではお宅に伺います」
あおはまだ(ワクチン未接種)外に連れ出せなかったので、トレーナーさんがわざわざ家まで来てくれるという。今にも沈みそうなイカダで犬と漂流中の僕にとって、トレーナーさんの来訪はまさに救命ボート。「助かった......」そんな気分だった。
約束の時間。もうひとりの飼育員はスケジュールが合わずに不在である。
チャイムが鳴り、玄関を開ける。救助隊はアウトドアファッションに身を包んだ小柄な女性。リビングに案内すると、そこにいたあおのテンションが一気に上がった。
救助隊は、ドッグトレーナーの川野輪 五月さん。あおは尻尾を振りまくり、大歓迎だ。僕たち飼育員には見せたことのない態度である。さすがドッグトレーナーさん、早くも犬のココロを鷲掴みである。
そしてカウンセリング開始。川野輪さんの第一声は「もう大丈夫ですよ」という優しい言葉......ではなく、こちらが想像もしていなかった質問だった。
「どうして柴を飼おうと思ったんですか!?」
グイッと迫られる言い方だった。(どうして柴を飼おうと思ったか!?)言葉のトーンから、"ちゃんとした答え以外"は許されない雰囲気だった。うわっ......なんて言うのが正解なんだ??
「かわいいから」これは絶対ダメだ。「あまり吠えないって本に書いてあったので」「ニオイが少ないって聞いて」......浮かんでくるのはどれも"ぬいぐるみ"を選ぶような理由ばかり。言葉に詰まっていると、川野輪さんは言った。
「柴は難しい犬種なんです」
え?え?そうなの?!え?!そんなの、どの本にも書いてなかったけど!?
「柴って飼うのが難しい犬なんです。育て方を間違えると、とんでもないことになります」
いきなりの恐怖宣告......その目は真剣。一気に後悔した。とんでもない犬を飼ってしまったと......。
この日、僕ら「あおの飼育員」が相談したかった事は......(同席できなかったもうひとりの飼育員がノートにまとめてくれていた)
【トイレのしつけ】
トイレシート以外の場所で「小」も「大」もしてしまう。「大」を1回で出し切らない。出したと思って安心してサークルから出したとたん(5~10分後)、またするのはなぜ?
【甘噛み】
人の手や足を噛んだら、どうしたら良いか?
【騒音】
寝るのが仕事の仔犬にとって我が家の環境はストレスになっていないか?
【食事】
フードの適量は?
etc...
川野輪さんの答えはこうだった。
【トイレのしつけ】
川野輪さん(以下、川):「サークルの中のトイレシートでさせることよりも、サークルの外での失敗をいかに減らすかを考えましょう。サークルの外にもトイレシートを敷いていいと思います。いつも失敗するところはありますか?」
飼育員(以下、飼):「キッチンのそばのフローリングです」
川:「ではそこに置いてみてください。今のレイアウトだと、サークルのトイレシートまで行く前に出てしまっているのかもしれません。トイレシートでできたら、よくほめてあげてください」
飼:「あの......"よく"ってどれぐらいほめればいいのでしょうか?本にはその度合が書いてなくて......」
川:「"いい子、いい子"これぐらいです」
飼:「"いい子~、いい~子~"......これだとほめ過ぎですかね?」
川:「......そうですね......あまり過剰にほめなくていいです。"いい子、いい子"で、フード。これぐらいでいいと思います」
飼:「わかりました」(※今思えば、バカな質問)
【甘噛み】
川:「甘噛みですが......なかなかやめませんか?」
飼:「常に噛んできます。ダメだと言っても聞きません」
川:「柴は特に、人に歯を立ててはいけないことをしっかり教えないと、大きくなって、ガブッといってしまいます。だから絶対に甘噛みは許さないでください。ちょっとやってみます」
そう言うと、川野輪さんはゲートの向こうにいたあおのそばに行き、ひざの上にひっくり返し、目の前で手をひらひらさせた。動くものを噛みたくなるのが仔犬。あおはまんまと川野輪さんの手をパクっと甘噛みした。その瞬間、川野輪さんはひっくり返していたあおを両手でギュッと押さえ、低い声でひと言「痛い!」。その瞬間、あおはピタッと甘噛みをやめた!まるで魔法のようだった。僕は思わず声が出た。
飼:「すごい!!すごいです!!」
何度注意されても、僕らを噛みまくっていたあおが一発で甘噛みをやめた。
川:「やってみますか?」
え......自信ない......。同じように膝の上にあおをひっくり返し、手をひらひらやってみた。あおが手を噛む。さっき見たとおりにやってみる。「痛い!」けれど、あおは噛むのをやめない。なんだ?なんだ?なんなんだ?これが無免許ドライバーとプロドライバーの差か!?この違いは一体なんだ?
飼:「なんでダメなんでしょうか?」
川:「気合の違いですかね」
"気合" ?え?テクニックじゃなくて精神の問題?
川:「『痛い』とただ言うのではなく、言葉と一緒に"絶対に噛ませない!"というエネルギーをぶつけるんです」
"エネルギー" ?確かに、僕はただあおに「痛い」と感想を言っていただけだったかも。"気合"を入れて再チャレンジ。今度は"エネルギー"をぶつけてみた。
飼:「痛い!」
すると、あおが、噛むのをやめたーーー!!
川:「それです」
これか!!これが犬との付き合い方か!目からウロコ!光が!暗いトンネルの先に光が見えたような気がした。
川野輪さんが帰ったあと、帰宅した「もうひとりの飼育員」に早速教わった事を伝えた。
「低い声でエネルギーをぶつけるんだ」
それからしばらく、もうひとりの飼育員は あおに甘噛みされるたびに、時には中尾彬のように、時には仲代達矢のように、低い声を無理に出しながら「痛い」「いぃ~たぁ~いぃ~」「イタい!」と、いろいろなパターンの「痛い」を試していたが、声を低くすることだけに気がいっていて、肝心の「エネルギーをぶつける」ことを全く忘れていたので、それまでと変わらず、あおに手を、足を噛まれ続けていた......。
この鋭い乳歯でガンガン甘噛み(噛まれる我々の感覚は本気噛み)
「ひっくり返し」練習中。意外におとなしい。
しかしよく見ると、その目は何かを企んでいる......
(つづく)
【参考】
我々の救世主、川野輪 五月さんの「愛犬のしつけ教室 ドギーステップ」のホームページはこちら
舘川範雄 (たてかわ のりお)
1966年9月19日生まれ。1987年4月から作家活動に入る。
「コサキン」「SMAPxSMAP」「ポンキッキーズ」「スクール革命!」などテレビ、ラジオで多数の番組構成を担当。また関根勤主宰「カンコンキンシアター」の他、オリジナルコメディーやミュージカルの作・演出など、活動は多岐にわたる。
インスタグラム(ao20150721)で白柴「あお」が毎日、犬の目線で日々の出来事を投稿中!
「コントみたいな犬との暮らし【柴犬生活漂流記】」記事一覧