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2017.10.24

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先端獣医療現場レポート<前編>

前十字靱帯断裂・損傷の犬を救う、TPLO手術とは

「前十字靱帯損傷」。この疾病のことを聞いたことがあるだろうか。犬の整形外科の中で、大型犬・小型犬問わず、5本の指に入るくらいよく起きる疾患だ。しかも肥満はよくないというくらいしか予防策はなく、どの犬でも断裂する可能性がある。でも大丈夫、そう悲観しなくてもいい。20数年前にアメリカで考案された「TPLO」という手術法によって、今までどおりに走れるようになるという。そこで、実際に今年春にTPLO手術を行った患畜のワイマラナーと飼い主と獣医師の信頼と絆、そして診断・手術・術後のリハビリ・そして完治への道のりを、2回にわたってドキュメントでお届けしよう。

#Healthcare / #Lifestyle

Author :写真=白石かえ、飯岡澄子 文=白石かえ

前十字靱帯の働きと損傷の原因は

 後ろ足をスキップするようにケンケンしていたり、跛行(足に体重をかけないようにする歩行異常)したり、引き摺るように歩いたりする犬を見たことはないだろうか。

 後肢の歩行異常は、今回のテーマである前十字靱帯損傷(部分断裂)・断裂(完全断裂)のほかにも、膝蓋骨内方脱臼(パテラ)、変形性関節炎、リウマチ(免疫介在性多発性関節炎)、骨肉腫、股関節形成不全などの場合もある。いずれにせよ、ケンケンなど普通でない動きをしているのは足に痛みやしびれ、麻痺などがあるからであり、「スキップしている♪」などと楽観視してよいものではない。動物病院にちゃんと連れて行き、なぜそういう妙な歩き方をしているのか、痛みはないのか、原因は何か、獣医師に診断をしてもらうことがまず必要だ。

 今回の主役、ワイマラナーのジョジョ(オス、9歳、去勢済)に、前十字靱帯の異常が起きたのはおそらく2年前。「おそらく」というのは、靱帯というのは骨と違って傷み具合がレントゲンには写りにくく、さらに前十字靱帯の場合は膝関節の奥にあるので、全身麻酔をかけて関節鏡で見たり、手術で開いてみるまで正確な状態はわからないからだ。

 ジョジョは、いつもの散歩で普通に歩いていて、急に「キャン!」と叫び、跛行が始まった。大柄で立派な体格のジョジョの、当時の体重は37kg。決して肥満体型ではなかった。また、それまでのライフスタイルは、都会のコンパニオンとして家族から愛され、飼い主の飯岡澄子さんだけでなく、隣に住んでいるご両親もちょくちょく散歩に連れ出してくれるので、最低でも1日4回、合計1日約2時間は散歩に行くという健康的な毎日を送っていた。ボール遊びが大好き(ボールを追ったり、レトリーブするときにダッシュしたり、急旋回する)なジョジョだったが、アジリティーやディスクなどのジャンプをするようなスポーツはしていなかった。本当に、家庭犬として、普通の生活を送っていたのである。

 ジョジョの担当獣医師、マーレ動物クリニック(千葉県館山市)の種子島貢司院長に、まず最初に素朴な疑問として、前十字靱帯が損傷する原因を聞いた。

「前十字靭帯は、大腿骨(膝から上の太い骨)と脛骨(膝から下の、すねの骨)を結んで、脛骨が前方にスライドしないように、かつ内側にねじれないように引っ張っている靭帯です。常日頃から引っ張って足を支えています。そのため、加齢とともに疲労し、変性するので、中高年になってガッと力を入れたときに損傷しやすい。だから肥満はよくないのですが、そのほかは運動制限程度しか予防しようがないんです。誰でも老化はしますからね」

 つまりザックリ言うと、前十字靱帯の損傷や断裂の原因は「老化による変性」。こればかりは避けようがない。運動をまったくしなければ前十字靱帯の疲弊は防げるのかもしれないが、筋肉がつかず、腱もしなやかにならず、四肢の健康を害するばかりでなく、犬の心の健康も損なう。だから前十字靱帯損傷は、飼い主の育て方が悪いとか、犬の血統が悪い遺伝的な問題などということではない。ただ好発しやすいのは、たとえば体重のある大型犬、中年の太った柴犬、小型犬のヨークシャー・テリアなど。好発犬種は幅広く、特定の犬種、大きさではないようだ。またアジリティーなどのドッグスポーツをしている犬だと、若いときでも断裂することはある。でもドッグスポーツが悪いわけでもない。語弊があるかもしれないが、わかりやすく言うと、人間でいう「アキレス腱を切る」のと似ているのかもしれない。子どもの運動会で張り切ってしまった中高年のお父さんが、ブチッとアキレス腱を切るような感じ。でも体育会系部活でスポーツをしていれば、若い高校生でもアキレス腱を切ることはある。そんなイメージではないだろうか。

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後肢の膝関節の模型を手に、種子島先生が詳しく説明をしてくれた

内科的処置(+温存療法)と外科的処置

 話を戻して、いきなり「キャン!」と痛がったジョジョだが、温厚篤実な飯岡さんはすぐに近所の動物病院に連れて行った。その病院では「関節炎でしょう」と言われ、2週間分の消炎剤と鎮痛剤を処方された。その薬でいっときは痛みが落ち着き、ジョジョは平静を取り戻した。

 でもしばらくすると、また跛行が始まった。そしてふたたび内科的処置(薬)と温存療法(安静にすること)を勧められる。「安静にしろ」「動かすな」「走らせるな」。ボール遊びが大好きなジョジョなのに、活動的なワイマラナーなのに、運動させるなと言われて、飯岡さんは絶望した。

 そこで彼女は、日本小動物外科専門医協会認定の獣医師がいる、有名な横浜の動物病院へ行くことに。すると数多くの犬たちの症例を見ている獣医師が、ジョジョのレントゲンを見ながら「前十字靱帯が一部断裂し、半月板も損傷しているだろう」と診断した。膝関節で脛骨と大腿骨が接触したり、クッションの役目をする半月板もすり切れたりして炎症が起きている。ただ、この病院でも温存療法を勧められ、先生に紹介された犬の装具屋でオーダーメイドの装具を作った。前十字靱帯を強く引っ張らないように、後肢を動かしすぎない、大きく蹴り上げないようにする装具だ。これが2016年3月末のときだ。

 それから春になり夏になり、暖かい季節に入ったせいか、わりとジョジョは平気そうだったという。それでも痛そうなときは鎮痛消炎剤を飲ませ、また関節炎用のサプリメントも飲ませていた。

「走らせるな、でも太らせるな」という温存療法の生活を続けて約10か月。切なさを抱えながら、飯岡さんはジョジョの運動管理、体重管理を頑張っていた。ただ太らせないように気をつけていたので体重に変化はないものの、だんだんジョジョの体の肉がぷよっとしてきた。筋肉が落ちて、脂肪に変わったのだろう(ちなみに脂肪より筋肉の方が重い)。これはマズイと思った飯岡さんは、筋肉を維持するために、2017年2月上旬、東京・千葉・神奈川近郊のプールを探し始めた。幸い、ジョジョはボール遊びと同じくらい、泳ぐのも大好き。そこで見つけたのが、2007年に動物病院を開院、加えて2015年に「整形外科&リハビリテーションセンター」(リハビリ用プールあり)を隣接してつくった、前述の種子島先生のマーレ動物クリニックである。早速、飯岡さんはプール目当てで電話すると、まずは診察が必要と言われ、2月中旬に初診で訪れた。すると、そこで種子島先生にあっさりとTPLOの手術を勧められたのである。

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左後肢の膝関節、前十字靱帯の温存療法のために、オーダーメイドで作った装具をつけたジョジョ

TPLOとはどんな手術なのか

 TPLOとは、Tibial Plateau Leveling Osteotomyの略。Tibial plateau=脛骨高平部、leveling=平らに(水平に)すること、Osteotomy=骨切り術。つまりTPLOは「脛骨高平部水平化骨切り術」と訳される。脛骨(すねの骨)の骨頭を専用のノコギリ(TPLO Saw)で切り、ひねって、ちょうどいい角度のところにステンレスプレートを金属ピンで留め、脛骨骨頭の高平部の上に大腿骨を乗せるようにする手術だ。1993年、アメリカのDr.Slocumにより考案された術式である。ちょうどその頃、種子島先生は、アメリカ・ミズーリ大学に留学をしていて、この術式を知ったという。その後、同大学の師匠であるDr. Tomlisonやコーネル大学のDr. Kei Hayashiから直伝で、この術式を習った。

 先生は、現在、週の半分は母校の日本大学の動物病院にて整形外科手術や研究に携わり、半分は自分の病院で一般診療および別の病院から紹介されてやってくる患犬の主に整形外科の手術を行っている。TPLOはじめ、骨折整復術、膝蓋骨脱臼整復術、股関節脱臼整復術、椎間板ヘルニア手術など、個人病院でありながら高度なレベルの二次診療的役割を担っているそうだ。さらに言えば、現在は日本大学大学院獣医学研究科博士後期課程・獣医外科学研究室に所属し、論文執筆にも取りかかっている。このようにとても多忙な種子島先生なのだが、それを感じさせない、とても穏和で実直な獣医さんだ。

 種子島先生からするとTPLOは「専門の機具が揃い、熟練した獣医師がいれば、そんなに難しい手術ではない」と言う。ただし、それは相当数の経験があるからこそ言える言葉。しかも種子島先生が手術をする際は、TPLOを3桁(つまり100件以上)経験のある獣医師を、種子島先生含めて2人以上入れて、4人がかりで行うそうだ。なぜ4人もの獣医師が必要なのかと尋ねると、膝関節周辺には、損傷した前十字靱帯のほかにも後十字靱帯などの靱帯や血管、神経などが通っており、これらは切断せずに、脛骨の骨頭だけを切り、ひねり、もう一度脛骨に固定する作業を行うので、1人の手では足りないという。素人には想像を絶する高度な外科手術である。

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下側の骨の上部に青いペンで線が引いてあるより上の部分が、脛骨高平部。この青いラインをTPLO専用のノコギリで骨切りして、ひねって、プレートで固定する

「骨を切る!」突然の提案に気持ちがついていかなかった

 さて、種子島先生にTPLOという新たな活路を提示してもらったものの、これまで前十字靱帯損傷の治療法は「温存療法」しかないと思っていて、まさか外科手術で完治できる方法があるとは露ほども知らなかった飯岡さん。先生の突然の提案に驚いた。そして「関節炎の痛みから解放してあげられて、(関節周囲の炎症の)進行も止められるのか!」と思ったものの、しかし「骨切りーーっ!」という方法に正直怖気づき、気持ちがついていかなかったという。(とりあえず)今は跛行していないのに、骨を切るなんて。種子島先生はとても丁寧に、術式について説明してくれたのだが、もう最初は「完治する」という最も重要なことすらまったく頭に入ってこなくて、ただただ動揺してしまったそうだ。

 そしてしばらくの間、ものすごく悩んだという。愛犬の体にメスを入れ、しかも足の骨をノコギリで切る、大きなプレートを体内に入れて固定する、という大手術。その決断をする、というのは普通の飼い主さんにとってはやはり並大抵のことではない。手術するかしないかの判断はすべて飼い主の決断力にかかっている。責任の重圧、そして術中、術後に犬が背負うであろう痛みのことを考えると、そう簡単には決意できない。真面目で心優しい飼い主さんだから、よけいに悩んだのかもしれないと思う。

 9歳という犬の年齢のこともある。人によっては、大型犬だからこの先の寿命はそう長くないと言い(そんなこと言わないでほしい)、全身麻酔のリスクもあるのに、今さらそんな大手術に大金をかける必要があるのか(手術内容からすると、ヒトの医療費に比べたら十分安いのだが)、とか、若犬ではなくもはやそんなに走らなくてもよいのだから温存療法で十分だ、という考え方もあろう。ただでさえ人一倍心配症で、ジョジョを目の中に入れても痛くないくらい可愛がっている飯岡さんなので、相当のプレッシャーだったと思う。

 

 決心がつかず毎日悩み続けた彼女は、次の行動を起こした。セカンド・オピニオン(ほかの獣医師に「第2の意見」を聞くこと)を求めて、これまた整形外科で有名な神奈川県藤沢市の病院に行った。さらに、同じ大型犬種でTPLO手術を受けた飼い主さんに会って、症状や術後の様子、ケアなどについて詳しい話を聞いた。加えて、オーストラリアから来日した馬のカイロプラクティックの先生にも相談した。そしてその三者ともが、TPLOの手術を勧めたという。ついに飯岡さんは決意を固めた。

 しかし、ここでまた彼女の出鼻をくじく事件が勃発。せっかく手術をする決意をしたのに、種子島先生のところでの術前検査で引っかかり、「心臓肥大の疑い」がかかった。循環器に問題があると全身麻酔のリスクが高まる。そのため循環器専門病院で再検査するように促された。きっとTPLOに関係なく「心臓肥大」と言われただけでも、飯岡さんは頭が真っ白になったに違いない。でも彼女は頑張って、先生に紹介された循環器専門病院で、心エコー検査を受ける。結果は「まったく問題なし」。何はともあれよかった。

 そしてついに4月3日。ジョジョはマーレ動物クリニックで、種子島先生をはじめとする4人の執刀医により、左後肢TPLO手術を受けた。ジョジョが「キャン」と異常を訴えてから約2年。本来、犬は、走ることも食べることも本能であり、人生(犬生)の最高の楽しみのはず。でも運動しなければ太りやすくなるので、ごはんもおやつも制約を受ける。ジョジョの生きる楽しみって何だ? 犬の悦びって何だ? QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の高い毎日ってどんな毎日だ? 鎮痛剤で痛みをごまかすのではなく、走るのを諦めるのではなく、問題の根幹から「治す」大きな第1歩を、ジョジョは力強く自分の痛かった左足で踏み出したのである。

 それでは、このあとの手術の経過やプールでのリハビリ、そして半年後に完治のお墨付きをもらうまでの術後の様子については、後編でお伝えしよう。

◎INFORMATION

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マーレ動物クリニック

「動物と飼い主さんを第一に」がモットー。検査内容や治療法、手術法、費用などをわかりやすく説明してくれる。休診日を設けず、毎日診療してくれるのもありがたい。一般診療科にくわえ、日本有数のハイレベルな整形外科と、プール完備のリハビリテーションセンターもある。初診は予約制。

■住所:千葉県館山市北条317-4
■TEL:0470-25-3338
■HP:http://mare-clinic.com/




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