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2017.09.06

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犬の飼い主に求められること vol.5

犬の留守番を考える

一人暮らし、共働きなどで、長時間家に誰もいないという環境で犬を飼っている人も多くいるだろう。愛犬の家族が飼い主のあなただけの場合、家で留守番している犬はその多くの時間を退屈に過ごし、あなたの帰りを待つことだけに、その貴重な時間を使ってしまっている。私たち飼い主は犬たちの「時間」を真剣に受け止め、犬の退屈を改善しなければいけないと思う。今回は犬の留守番について考えていこう。

#Activity / #Lifestyle

Author :文・写真=五十嵐廣幸

犬の1日は人間の5日にあたる?

 犬の一生を考える場合、私は敢えて人間の寿命に当てはめる。犬を安易に擬人化することを良しとはしないが、「犬がひとりぼっちで待っている時間」「何もすることなく退屈で過ごしている時間」を飼い主が考えるために、この手段はとても有効である。

 日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えている。同時に犬の寿命も延びてきているが平均15年と考えた場合、犬の1日は人間の5日分に相当すると言ってもまんざら間違いではないだろう。10年〜15年というあまりにも短い犬の寿命に対して、私たち飼い主は犬にどのくらいの時間、「待つこと」を与えてしまっているのだろうか?

 飼い主が12時間仕事をしていても、休日で何も予定がない日でも、犬の生活は毎日充実しているべきというのが理想だろう。それは「自ら進んで犬という命を手に入れた者の責任」といえるのではないか?私たちが飼い主になると決めたとき、犬には毎日充分な散歩や運動が必要なこと、しつけや訓練の時間が必要なこと。金魚や亀と違い、犬は人と一緒に遊び、一緒に過ごすことで「犬と飼い主」という関係が成り立つことを承知して、その命を預かったからだ。だから飼い主がどんなに忙しくても、そのしわ寄せを犬に向けるべきではないと私は思って行動している。仕事で疲れ、目覚まし時計と携帯電話のアラームが鳴り続けているのを無視したくても、犬の寿命を全うするためには、その貴重な犬の1日をできる限り充分な運動と楽しい時間で過ごしてもらいたい。
 仕事前、支度で忙しいのも理解できる。しかし自宅でひとり寂しく、やることがなくただ「待つことしかできない」犬のためにその目覚まし時計の針を1時間早くセットすることはできないだろうか?仕事帰り、疲れている、ちょっとお酒を飲んで帰りたい時もあるだろう。だけど家であなたの愛犬が「早く戻ってこないかなぁ」と、開かれる玄関を見続けていることも飼い主として理解してほしい。

 計算してもらいたい。犬は一体どのくらいの時間、あなたを待っているのだろうか?
犬の15年の中で私たちは合計、何百時間、何年間という長い時間「ひとりぼっちで待つこと」をさせてしまっているのか?

 例えば、一人暮らしの飼い主が朝9時から18時半まで仕事をしているとする。出勤は8時前で、帰宅は19時半とする。仕事が終わって飼い主が帰宅し、1日1回1時間ほど散歩をする。23時半から6時まで寝るという平日を過ごしているとすると、犬が人とコミュニケーションを取れる時間は散歩時間を含めて朝晩合わせて実質5時間ほどしかない。また犬がひとりで待たなければいけない時間は1日12時間と長い。これは留守番時間として、あまりにも長すぎて可哀想である。

寝ているから大丈夫?

「犬は留守番中ほとんど寝ているから気にする必要はない」という飼い主がいる。本当にそうだろうか? 下記の円グラフでいうならば、犬が飼い主と同じ時間帯である23時半から6時まで寝ているとする。その後、飼い主は出勤前の支度のため、犬も一時間半ほど起きているだろうが、再び夕方までの長い時間、待つしかないのは、犬にとって辛く悲しい環境を与えてはいないだろうか?

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 私の愛犬は、Sheep Herding(羊追い)を得意とするボーダーコリーの血をもったエネルギー溢れる4歳半のメス犬だ。毎日の散歩ではオフリードで丘を駆け上がり、ボールやディスクを空中でキャッチし、川や海で遊びながら、1回1時間半ほどの散歩を楽しんでいる。散歩で出会う人からは「家に帰ったらぐっすり眠るわね」と言われるが、家に戻ると今度はオモチャ箱からボールを咥えてもってきて「もっとあそぼう!」と私を誘ってくるほどだ。そんな愛犬に応えてあげたいところだが、「少し休みましょう」と一声かけて私は自分の用事を始める。それを感じ取った犬は、ゆっくりと瞼を閉じながら寝始める。

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 犬の良い眠りは、肉体的な心地よい疲れと精神的な満足度から成り立っている。だから充実した散歩は犬の日常でとても大切であり、その散歩をマンネリにしないこと、飼い主として中身の濃いアクティビティを構築することは、犬をぐっすりと眠らせることに繋がる。これは留守番する犬にとっても、大切なことだ。

 飼い主はその犬(犬種だけでなく、年齢や体調)に見合った散歩や運動、刺激を毎日提供するべきだ。それをしないまま、長時間の留守番をさせていると犬はぐっすり眠ることができない。結果、起きている時間を退屈に過ごすあまり、靴をかじったり、ソファーを破壊したりという行動にも繋がる。それに対して一部の飼い主は「イタズラをする犬」「モノを壊す犬」「ダメな犬」というレッテルを貼って叱るが、それは犬へフェアなジャッジとはいえない。なぜ留守中の犬がそのような行動をするのか?留守番の時間が長すぎないか?犬は退屈してはいないか?という見直しを飼い主自身の行動から改める必要があるだろう。

6〜8時間が留守番の限界点

 犬は充分な散歩や運動、精神的な安心感があってこそ、留守番をすることが可能だと思うが、勿論そこには時間的な限界があるだろう。オーストラリアのRSPCA(王立動物虐待防止協会)の、犬の里親条件として「1日の内、家を8時間以上空けないこと」というのが規定にある。つまり、上記の円グラフのように長時間、仕事などで人がいない家では犬の里親になることができない。この里親応募条件の規定は当然、「犬の健全な日常のため」でもあるが、その他にも、「犬を迎え入れたが、留守中にイタズラなどをした結果、また犬を手放すことを防止する」意味もあるだろう。日本の動物保護団体も、これら時間の規定を設けているところもある。

 私自身の「犬だけで留守番をさせる条件」は、毎日充分な散歩などの運動と刺激的な遊び(新しい訓練やアクティビティなどで脳を使うことをする)を朝晩行い、犬が安心して眠ることができる犬小屋やクレート、適切な温度や環境などを設けることを条件として、1週間の内、1回6時間前後を最大とし、週に2回までが限度だと考えている。これは私が今までの犬と一緒に過ごして得た私の留守番限界値だ。そこには留守番が続いたときの犬のストレス反応や状態、犬がひとりでいる時間が長すぎたために、人と遊ぶ、撫でられる、話す、一緒に過ごすなどのコミュニケーション不足を招き、「犬が不安定になった」と判断して決めたものだ。

犬をひとりぼっちにしないこと

 私の「犬の留守番」は、ひとりで家で待つことを極力減らし、退屈にさせないことを第一に考えている。改めて言うが、犬の命は退屈で仕方なく寝て過ごすためにあるわけではない。犬の寿命である15年という期間を寂しさ、暇、退屈よりも、毎日、尻尾を振り続けていられるような楽しさでいっぱいにしてあげたいと私は思っている。これは当たり前だが私たち人間だってそうだろう。自分自身に置き換えてみればもっと親身に犬の留守番を考えられるかもしれない。犬の1日が人間の5日分とした計算で表せば、仕事のある月曜日から金曜日までの犬の留守番は、私たち人間でいう25日間、ずっと犬はひとりで待っていることになるのだ。

 犬に長時間の留守番をさせるのであれば、適切な資格やトレーニングを積んだ人が責任をもって犬の面倒を見てもらえる施設などで、愛犬が楽しくあなたの帰りを待てる環境を手に入れることを私は推奨する。

 私は仕事で家を長時間空ける際は、知り合いの先輩ドッグトレーナーがやっている「dog day care」と呼ばれる、いわゆる犬の託児所で愛犬を預かってもらう。朝8時から夜の7時まで仕事の場合は、出勤前に散歩や遊びを充分した後、一緒に愛犬とday careへ向かう。そこでは他の犬と庭で走り回ったり、その家の子どもとボール遊びをしたり、一緒に散歩をしたりして日中過ごす。私は仕事終わりに犬を引き取り向かい、夜の散歩をして家に戻る。仕事で夜遅くなってしまう場合は、愛犬はその家の暖炉の前や犬用のベッドで安心して泊まることができる。愛犬の餌は私が作った物を預け、良いタイミングで与えてもらう。メルボルンにはこういう犬の託児所が数多くある。個人でやっているところ、会社としてやっているところ、グルーミング施設の一部を使っているところとさまざまだ。

 私と愛犬がこのdog day care を気に入っているのは、私とその先輩トレーナーの方が、同じ訓練施設で犬の訓練を学んだことにより犬への扱い方法、犬に対しての共通の理念があるからだ。簡単に触れれば犬の呼び戻し(Recall)は決まってPraise toneと呼ばれる、賞賛、喜びの声を使って犬に呼びかける。愛犬は名前を呼ばれ、Come!と言われれば、素直に喜んで戻る。また、リードの使い方や犬の周りの人、子どもへの安全の配慮が同じく高い意識であることは、犬を預かってもらう上でとても大事なポイントでもある。

 day careで犬が留守番し始めて改めて実感したのは、犬が自宅でひとりで待っている時と、デイケアで過ごす時では犬の表情や私と犬との再会時の喜び方がまったく違うのだ。自宅で長時間待たせていた時の、犬の感じている寂しさや退屈からなる「私が帰ってきたものすごい喜び」を通して、私は愛犬を長い時間ひとりぼっちで待たせて申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。また、犬も長い時間ひとりで待っていた反動もあり、散歩ではストレスを発散するかのような行動が多くみられた。しかしデイケアで他の犬と遊びまわり、信頼のおける人がいつでも側にいる環境は、私が迎えに行った際、愛犬が「あら、もう仕事から戻ってきたの?ここ楽しいのよ」とデイケアの玄関先からまた室内に戻っていくほどだ。それは、私を待つという同じ長い時間でも、犬の過ごし方が違えば、寂しさや退屈ではなく、楽しい時間であるという証明とも思える。

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犬は人と生きる

 私は「犬は人と生き、人と多くの時間を過ごす必要がある動物」だと思っている。どんなにスマートフォンや犬用のデジタル機器が発達しても、犬と人の絆にはまったく敵わない。犬が必要とするのは、犬用の監視カメラやトリーツ、誰も投げてくれないボールやぬいぐるみではなく、飼い主のあなたであり、安心して寄り添える人なのだ。多くの飼い主が仕事をもっていて自宅を空ける時間が長いことや、出張や旅行に行くこともあるだろう。また私のように一年に数日、日本に里帰りをする必要があることを考えると、自分の愛犬にとって「不安を感じることなく、楽しみながら、安心して飼い主を待てる場所」を作っておくことは、多くの飼い主に必要なのではないだろうか? 

 私は自分の愛犬を、永遠の小学5年生だと思って接している。それは、私の一つひとつの言葉を理解して自ら行動していること。私が犬を連れて散歩に行く前の動作と仕事に行く動作の違いを愛犬は察知して、これから自分がどういう状態に置かれるかということを自ら分かっていること。また「留守番しててね」といえば彼女は自ら庭にある犬小屋に入り、くるりと丸まって私の帰りをずっと待っている。またそれが5日間毎日続いても、文句を言うことなく我慢しながら待つことは明らかだ。だからこそ、犬にそんな状況を与え続けることを私自身「良しとしたくない」。私の永遠の小学5年生は本当の小学生と同じように、多くの時間を親と一緒に過ごすこと、友達とも一緒に遊び、一緒に歩き、一緒に勉強する時間が必要なのだ。

「犬は文句を言わないから」「留守中は寝ているだけだから」「預けるとお金がかかるから」「仕事で忙しいから」「仕方ないから」という飼い主の理由で、犬のその暮らしをつまらないものにしたくない。私たち飼い主は、多くの時間を一緒に過ごすことが必要な犬という動物を自らの意志で手に入れたのだ。その動物の生活スタイルを「忙しいから」という人間の都合に合わせることに、私は疑問をもつ。読者のみなさまはどう思うだろうか?

◎プロフィール

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五十嵐廣幸

オーストラリア在住。元dog actuallyライター。週末は愛犬と一緒にSheep Herding(羊追い)をして過ごす。サザンオールスターズ、クレイジーケンバンド、そして動物を愛す。犬との生活で一番大切にしているのは、犬が犬として生きるためのクオリティ・オブ・ライフ。

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