かゆみや湿疹、脱毛など、犬の皮膚にさまざまなトラブルを引き起こす「皮膚病」。命にかかわる症状は多くありませんが、長期化したり、再発を繰り返し、悩んでいる飼い主さんは少なくないはずです。特に梅雨から夏にかけては、皮膚トラブルを起こしやすいもの。そこで、どうぶつの総合病院・副院長(日本獣医皮膚科学会・会長)の永田雅彦先生に、皮膚病の基本から治療法、これからの季節に気をつけたいポイントまで、お話を伺いました。3回に分けてお届けします。
写真=永田雅裕、永田雅彦先生 文=星野早百合
動物病院に来院する理由のトップに挙げられ、犬にとって身近な病気である皮膚病。けれども、 "病気"と診断するのは獣医師であっても難しいことがあるという。
「皮膚の仕事は、外側から全体を覆って体を守っています。その役割が、自分の持っている能力を越えると何らかの不調を訴えます」
皮膚は"変化のある臓器"。
「心臓のように常に一定の動きをしているわけではなく、環境や体の調子などに合わせて柔軟に変化しています。そのため、"病気"と"正常"を線引きするのは簡単ではありません。禅問答のようですが、犬自身や飼い主が気にする症状のうち、医療的な介入が必要な皮膚の病的状態が、私の皮膚病の定義です」と、永田雅彦先生。
現代の犬は、野生動物ではない。それぞれの地域、文化に適した皮膚を持っている。原産国と異なる日本の環境下で暮らすとなれば、皮膚トラブルを起こしやすいのは当然だろう。例えば、水鳥を回収する鳥猟犬として知られるラブラドール・レトリーバーは、皮膚から出る脂によって、水をはじきやすくしている。水辺から離れて高温多湿な日本で生活するのなら、シャンプーで皮脂を落とすなど、病気でなくてもスキンケアが必要になってくる。
また、狩猟犬や牧羊犬など、エネルギッシュな気質を持つ犬種の場合、家庭犬としての日本の暮らしでは本来の能力を発揮することができず、気持ちが不安定になることも。そんな心的要因から、手足を舐めたり体をひっかいたりするケースもある。
「心の動きに繋がる脳の変化は、体に影響します。心と体が影響しあっているというのは、人間に置き換えて考えても、決して違和感はないですよね」
永田先生曰く、皮膚病で来院する犬が訴える症状で圧倒的に多いのがかゆみ。症状には、自分にしかわからない"自覚症状"と、他人から見てもわかる"他覚症状"のふたつがあるが、かゆみは自覚症状である。犬は自ら「かゆい」と言うことができない。私たち人間にわかるのは、あくまでも「かゆそう」というところまで。犬がかゆそうな素振りをしていたとしても、①本当にかゆいのか、②ただ、その場所が気になっているだけなのか、③繰り返し行動、いわゆるクセなのかを、見極める必要がある。
かゆみに続いて多い症状が脱毛。犬の毛は本来、一定のリズムを持って生長するが、そのプロセスに不調が生じると脱毛が起こる。 "他覚症状"として、毛がなくなる、毛の量が減る、毛の質が変わるなどで脱毛は表現される。
では、これら皮膚病の原因はいったい何だろう?
「皮膚病というと、遺伝子やホルモンの異常、ウィルス感染など、本格的な病気を想像しがちです。でも、私の知る限り、皮膚科を受診する犬の中で、このような病気は決して多くありません。おもな原因は、以下の3つです」
(1) 体を守る役割を終えた結果
皮膚の役割は、体を守ること。当然、傷つく場面はたくさんある。
「人間でも転べば傷がつきますし、ぶつかればアザができますよね。これは皮膚が鎧として体を守る仕事をした結果であり、その症状は一過性で長くは続きしません。また、皮膚は自分で自分を修復することができるので、ほとんどのケースでは大きな問題になりません」
(2) 身体的な特徴・特性
人間でも汗をかきやすい、脂っぽい、お酒を飲むと顔が赤くなるなど、病気ではなくても、両親から受け継いだ体の特徴・特性がある。人間により目的をもって作出された犬は、犬種の特徴・特性が強く、日常生活を送るうえで飼い主のサポートが必要な場合も。
「例えばパグやブルドッグは、シワが深ければ深いほど容姿として魅力的かもしれませんが、それにあわせてトラブルが起こりやすくなります。病気でなくても、病気と同じようなケアが必要です」
(3) 環境
前述の通り、犬は目的に合わせて、それぞれの地域や文化、環境に適した皮膚を持っている。本来は寒い地方で生活するはずだった犬が、高温多湿な日本で暮らすことになれば、スキンケアをしないと不都合が起きやすい。さらに、本来の能力を発揮できる環境がないと、気持ちが満たされず、心的要因から皮膚の不調を招くことも。
レーザーで脱毛治療を行っている様子。永田先生が副院長を務める埼玉県川口市『どうぶつの総合病院』では、最新の設備による皮膚病治療が行われている。(写真提供=永田雅彦先生)
さまざまな原因があって起こる、犬の皮膚病。では、皮膚病を防ぐために飼い主としてできることはあるのだろうか。
「まず、それぞれの犬種がどんな皮膚を持っているのか、その特徴を知ることですね。それに見合った環境を作り、必要なスキンケアをすれば、きっと快適な生活が送れるはずです。また犬が本来持っている能力を十分発揮できる状況を提供できたら、気持ちが満たされて、心の健康、ひいては皮膚の健康につながるのではないでしょうか」
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