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2017.05.30

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「盲導犬を連れた先生」が特別でなくなるために Vol.3

障がい者や盲導犬のいる風景が日常になることが必要

日本初の盲導犬が誕生したのが1957年。それから60年、補助犬や障がい者に関する法律の整備も進んできた一方で、私たち一人ひとりは、盲導犬や視覚障がい者のことをどれだけ理解しているのでしょうか。盲導犬を連れた中学教師、新井淑則先生のお話を通して、盲導犬と社会の問題を考えてみましょう。

#Lifestyle

Author :写真=大浦真吾 文=山賀沙耶

盲導犬の入店拒否はここ10年で激減

 1998年からの初代クロード、2006年からの二代目マーリン、そして2014年からの三代目リルと、3頭の盲導犬をパートナーとしてきた新井先生。実感として、この20年間で盲導犬に対する社会の認識は、確実に変わってきたという。

「初代クロードのころは、飲食店には入店拒否されるのが普通でした。それがマーリンに代わったころから、断られることのほうが少なくなったんですよね。だから、もう本当にここ10年で劇的に変わったと感じます。それでもまだ、個人のお店からは断られることもありますけどね」
 その背景には、2002年に身体障害者補助犬法が施行され、「不特定かつ多数の者が利用する施設(例・スーパーマーケット、デパート、ホテル、レストランなど)を管理する者は、当該施設を身体障害者が利用する場合において身体障害者補助犬を同伴することを拒んではならない」と定められたことも大きいだろう。

 盲導犬が社会に認知され、受け入れられるようになってきた一方で、現在でも、新井先生自身「盲導犬は働かされてかわいそう」と言われることもあるという。けれども、そこは、「かわいそう」という感情論で語らず、視覚障がい者にとって、そして盲導犬にとっての幸せを、冷静かつ客観的に見る必要がある。そういう意味でも、盲導犬に関するさらなる研究が求められている。

 また、「盲導犬と歩いていても、絶対安全ということはない」と新井先生も言うように、事故はどうしても起こり得る。特に、視覚障がい者にとって駅のホームは「らんかんのない橋」とも言われ、とても危険な場所。たとえ盲導犬使用者でも、周囲の人がひと声かけたり手を貸したりするなど気遣いをしたいものだ。

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新井先生になでられれば、すぐにゴロンとお腹を見せるリル

法律と個人の理解、両方が必要

 2016年4月、「全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを踏まえ」て、「障害を理由とする差別の解消を推進」することを目的とした、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)が施行された。
 けれども、この法律が施行されるよりもずっと前から、日本国憲法によって、障がい者の基本的人権は保障されている。第13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。この法にのっとれば、新井先生の普通中学の教師に戻りたいという希望も通ってしかるべきもので、これは人権問題であった。

 ところが、復職のための交渉を始めても、事態はなかなか進展しなかった。
「交渉を続けていると、最終的には県も県教育委員会も趣旨はわかるし、いいことだと思うんだけど、受け入れ先がないって言うんです。いわゆる『総論賛成、各論反対』というやつですね。『見えない先生がいたら、子どものためにもいいですよね。ノーマライゼーション、素晴らしいですね。でも、うちじゃなくてもいいでしょう』っていう」
 最終的には、新井先生の講演を直接聴いたことのあった大沢芳夫・元長瀞町長が真っ先に手を挙げ、ようやく長瀞中学校への赴任が決定した。県教育委員会との交渉を始めてから、10年という年月が経過していた。

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今でも悩み、葛藤しながら、中学教師の仕事を続けている新井先生

 全盲になって、一人で日常生活を送ることもできなくなり、半年間は絶望の日々を送ったという新井先生。その絶望の中には、見えなくなったことに加えて、自分の中の視覚障がい者に対する差別や偏見に気づき、それと向き合わなければいけなかったこともあったかもしれない、と新井先生は話す。
 自分とは違う立場の人の気持ちを完全に理解することは不可能だけれど、お互いに想像してみることはできる。障がい者への本当の意味での理解を広めるには、法律など社会のルールを整備することと、一人ひとりに草の根で理解してもらうこと、この両輪で少しずつ進めていくしかないのだろう。

1度でも経験があれば、障がい者にさっと手を貸せる

 新井先生が盲導犬を連れて勤務してきた中学校は、最初の赴任先である長瀞町立長瀞中学校と、現在の勤務先であり母校でもある皆野町立皆野中学校の2校。
 赴任したばかりのときは、新井先生が盲導犬を連れてやってくると、生徒たちも犬に興味津々だったり、逆に怖がったり、目の見えない新井先生がどうやって授業をするのかと気にしたり。ところが、毎日盲導犬を連れて登校し、授業を続けていくうちに、彼らの興味は徐々にその授業内容へと移っていき、盲導犬を連れた目の見えない先生がいることが日常になっていく。

 生徒たちには盲導犬への接し方のオリエンテーションを行い、目の見えない新井先生自身への話し方の希望も率直に伝える。視覚障がい者に物の位置を伝えるために、方向を時計の短針に見立てて「3時の方向です」などと言う、クロックポジションもその一つだ。

「小中学・高校生のころには、障がいのある子どもは特別支援学校に通っているし、障がいのある先生はほとんどいないので、障がい者と接する機会のない人がほとんどでしょう。だから、いざ視覚障がいのある人の力になりたいと思っても、どうしたらいいかわからない人も多いと思います。そんなときに、1回でも視覚障がい者をガイドした経験があれば、全然違うはず。だから、私を通じてそういう経験をしておいてくれたらな、と思います」

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黒板に字を書くときは、行が曲がってしまわないようにスケールを当てる

 海外に目を向ければ、国によっては、障がいのある人を街中で見かけたり、接客業についている姿を目にしたりすることも決して珍しくない。社会の中で働ける障がい者が増えれば、障がいに関する一人ひとりの理解が深まることは間違いない。

 視覚障がいに限らず、障がいを背負うことになる可能性は、誰にでもある。また、加齢とともに機能が衰えるのは避けられないことだ。そもそも、視力に限らずどんな能力も、誰もが均等に持っているわけでない。ある側面から見れば、誰もが社会的弱者・少数者になり得る。それでも、それをお互い受け入れて補い合える社会こそが、誰にとっても生きやすい社会であるはずだ。

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先生たちがいちばん大切に考えているのは、「生徒のためになることは何か」ということ。だからこそ、新井先生をフォローすることもいとわない

◎プロフィール

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新井淑則先生

埼玉県秩父郡皆野町立皆野中学校に務める国語教師。1961年、埼玉県生まれ。埼玉県内で教師をしていた28歳のときに網膜剥離を発症し、34歳で全盲に。37歳で盲導犬とともに養護学校に復職し、2008年には普通中学への復帰を果たす。相棒は三代目盲導犬のリル。著書に『光を失って心が見えた 全盲先生のメッセージ』(2015年、金の星社刊)などがある。

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