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2017.05.22

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「盲導犬を連れた先生」が特別でなくなるために Vol.1

「小中学・高校で唯一の盲導犬を連れた先生」誕生まで

現在、「全国の小中学・高校でただ一人の、盲導犬を連れた先生」である、埼玉県の皆野町立皆野中学校教師の新井淑則先生。「ノーマライゼーション」「ダイバーシティ」といった言葉がよく聞かれるようになった昨今でも、障がいを持つ人が社会の中で働く姿を見かけることは、決して多くありません。そんな中で、「盲導犬を連れた先生」はどのようにして誕生したのでしょうか。新井先生にお話をお聞きするべく、皆野町立皆野中学校を訪れました。3回に分けてお届けします。

#Lifestyle

Author :写真=大浦真吾 文=山賀沙耶

絶望の日々の中で、盲導犬と歩くことが希望だった

 2006年の厚生労働省の調べによると、全国で視覚障がい者として『身体障害者手帳』を交付されている人の数は32万人にものぼる。ところが、私たちが社会生活を営む中で、視覚障がいを持つ人と出会う機会は非常に少ない。
 それでは、視覚障がいを持つ人たちは、どこでどのように生活しているのだろうか。
 もしもあなた自身が何らかのきっかけで視覚障がい者になったら、今までのような仕事や生活を続けることはできないのだろうか。

 埼玉県の皆野町立皆野中学校に勤める新井淑則先生は、現在、"全国の小中学・高校でただ一人の、盲導犬を連れた先生"だ。
 中学教師として忙しいながらも充実した日々を送っていた1995年、32歳のとき、新井先生は網膜剥離という病気で全盲になってしまい、半年間ほどは絶望の日々を送った。その後、白杖での歩行訓練や点字の習得などの眼科的リハビリテーションを受ける中で、盲導犬のことを聞き、すぐさまアイメイト協会に申し込みをしたのだという。

 そのときの心境を、新井先生はこう話す。
「以前に、スーツをパリッと着たイギリスのジェントルマンが、盲導犬のシェパードを連れている姿を、何かの写真で見たことがあって。ああ、カッコいいなと思ったのが記憶に残っていたんですよね。それで、あんなふうに堂々と、盲導犬と一緒に胸を張って歩きたいなあって思ったんです」

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自宅から皆野中学校まで約1.6キロ、徒歩20分の道のりを、毎日リルと歩いて通勤する

 アイメイト協会への申し込みを済ませ、盲導犬と歩ける日を心待ちにしていたときのこと。路上での白杖訓練中に、近くを一台のクルマが通りかかり、新井先生はそのクルマからクラクションを鳴らされてしまう。
「そのときに聞こえたアハハという笑い声が、自分のことを笑っているように思えて。『もうダメだ。何も悪いことをしていないのに、なんでこんなにビクビクして歩かなくちゃいけないんだ』って、悔しくて涙が止まりませんでした。それでその日、リハビリセンターに帰ってすぐ『早く盲導犬をください』って協会に電話をして、盲導犬との訓練の開始を1カ月早めてもらったんです」

 白杖なら折り畳んでバッグにしまってしまえば、視覚障がい者とはわからない。けれど、自分は誰からも隠れずに、盲導犬と一緒に胸を張って歩きたい―――。
 新井先生が盲導犬を求めていたのは、単に生活上の必要性だけが理由ではない。「盲導犬と歩くことで自分の矜持を取り戻したい」という、精神的な面での必要性がいかに大きかったのかが想像される。

盲導犬は共同作業ができる心強いパートナー

 新井先生が今まで迎えてきた盲導犬は、1998年からの初代クロード、2006年からの二代目マーリン、そして2014年から現在までのパートナー、三代目リルの3頭だ。彼らと新井先生は、盲導犬とユーザーの関係である期間中、お風呂とトイレの時間以外はずっと一緒という、文字通り伴侶としての生活を送ってきた。
 実際に盲導犬を迎えてみて、新井先生にはどのような心境の変化があったのだろうか。

「視覚障がい者って一人で外にいると、すごく孤独な気持ちになるんです。そんなとき、白杖は持っていても話しかけるわけにいかないけれど、盲導犬なら話しかけられる。『どうしよう、リル。困ったよ』、『頼むよ、リル』なんてね。だから、盲導犬が一緒にいてくれると、すごく心強いんですよね。
 目的地に行くのも、本当に盲導犬との共同作業っていう気持ちです。失敗するかもしれないけれど、ふたりで必ずやり遂げるんだって」

 もちろん、盲導犬とユーザーが初対面したその日からすぐに、信頼関係ができるわけではない。けれども、時間をかけて信頼関係を築いていく過程もまた、盲導犬をパートナーとすることの魅力だと、新井先生は話す。

 一方で、盲導犬とユーザーとの関係は、一般の家庭犬と飼い主との関係と同じようなものかというと、それは違うと言う。
「大げさに思われるかもしれないけれど、僕はある意味で、彼らに命を託しているところがありますから。やっぱり家庭犬とは違う信頼関係を築かないと、生きていけません」
 盲導犬は生き物。だからこそ、感情も愛情も個性もあり、失敗することもある。それでも、白杖や盲導ロボットでは変われない、生き物ならではのパートナーシップを結べることこそが、新井先生にとっては大切なことなのだ。

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人が大好きなリル。新井先生になでられて、この表情

障がい者のいない学校のほうが不自然

 今でこそ"盲導犬を連れた先生"として普通中学の教師を勤めている新井先生だが、失明した当初は日常生活を送ることすら困難で、教師に戻れるなんて考えてもいなかったという。それが、全国の視覚障がいを持つ先生たちに出会って、「教師に戻りたい」という希望を持つようになり、実際に口にも出して具体的に行動を始めた。
 それでも、県教育委員会との交渉を始めてから、実際に普通中学の教師に戻れる日が来るまでには、実に10年の歳月を要した。そこにはやはり、日本の社会における視覚障がい者への無理解があったと言わざるを得ない。

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国語の教科書はすべて点字になっている。点字には漢字がないため、教科書1冊分を点字にすると、30冊もの分冊になる

 そもそも、"社会の縮図"と言われる学校において、先生にも生徒にも障がいのある人が一人もいないという事実のほうが、不自然なことであるはずだ。
「盲導犬を連れて教師をしている自分が、特別な存在でなくなってほしい」
 そう願いながら、中学校への勤務を続ける新井先生を、今日も盲導犬リルがかたわらで支えている。

>>次回は、20年間、3頭の盲導犬と生活してみて、新井先生から見た盲導犬とはどんな存在なのか、お聞きします。

◎プロフィール

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新井淑則先生

埼玉県秩父郡皆野町立皆野中学校に務める国語教師。1961年、埼玉県生まれ。埼玉県内で教師をしていた28歳のときに網膜剥離を発症し、34歳で全盲に。37歳で盲導犬とともに養護学校に復職し、2008年には普通中学への復帰を果たす。相棒は三代目盲導犬のリル。著書に『光を失って心が見えた 全盲先生のメッセージ』(2015年、金の星社刊)などがある。

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