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2017.03.22

保護活動に不可欠なシェルター・メディスン<後編>

「殺処分ゼロ」は幸せな動物を増やせるか

田中亜紀 カリフォルニア大デイビス校/日本獣医生命科学大学 研究員

動物保護施設にかかわる獣医療全般を対象にした、"シェルター・メディスン"。 シェルター・メディスンを取り入れて、アメリカの動物保護施設はどう変わっていったのでしょうか。また、日本の保護活動には、どのように取り入れていくことができるのでしょうか。2001年にカリフォルニア大学デイビス校でシェルター・メディスンの研究が始まった当初からかかわってきた田中亜紀先生に、お話を聞きました。

写真=大浦真吾、田中亜紀先生 文=山賀沙耶

"門前払い"からスタートしたシェルター研究

 アメリカでは今や獣医学教育の中に組み込まれ、専門医制度もできているというシェルター・メディスン。ところが、以前からアメリカ社会全体が動物福祉に対して高い意識を持っていた、というわけではない。そもそもは、シェルターでの安楽死があまりにも多いことを解決するために始まったのがシェルター・メディスンの研究であり、カリフォルニア州内のシェルターにようやくしっかり浸透してきたのもここ7〜8年のことだという。

「私たちが最初に大学近くのシェルターを訪れて、『中に入って共同研究やらせてもらえませんか』って言ったときは、完全に門前払いでしたよ。『私たちのほうがわかってるんだから。大学に何ができるの!?』って。当時のシェルターは"pound(収容施設)"という名前で、ジメジメしていて暗くて、誰も来なかったし、ボランティアさんもすごく少なかったです。
 でも毎日毎日通って、ようやく15年ほど前に一緒に研究をさせてもらえるようになって。それでお互いが理解できるようになっていって、シェルターの方たちと私たち大学の研究者とで一緒に勉強会を始めて、徐々にシェルター・メディスンが確立されていったんです。本当に少しずつ、少しずつです」
と、田中先生は話す。

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 その後、シェルター・メディスンの研究は、保護施設にいる動物たちの健康状態の改善や譲渡率の向上、殺処分率の減少などに大きく貢献し、カリフォルニア州、そしてアメリカ全土に徐々に浸透していく結果となった。

社会に出す動物はシェルター側がコントロールする

 シェルター・メディスンが浸透するのと時期を同じくして、"pound(収容施設)"という名前が"shelter(保護施設)"に変わり、ついには"adoption center(譲渡施設)"になった。施設内で行っていることは同じでも、名前を変え、イメージも変えていくことによって、社会での見方も変わっていった。
 とはいえ、それではアメリカの一般人みんながシェルター・メディスンの考え方を理解しているかというと、もちろん決してそうではない。

「シェルター・メディスンの目的は、『群の健康を維持し、心身ともに健康な動物を1頭でも多く適材適所に譲渡すること』です。例えば人を噛んでしまう犬がいたとして、かわいそうだからって新しい飼い主さんをがんばって見つけたとしても、その飼い主さんにとってそのコと暮らすことがいい経験になるかどうかは、わからないですよね。飼い主さんがそのコに噛まれながらも一生懸命世話をしたとして、じゃあ次また犬を飼おうかって思うかどうか......。
 動物がちゃんと社会に受け入れられるためには、やはり飼い主も動物も安全で、一緒に暮らすことがいい経験でないと。もちろん一般の方は善意で来られるわけなので、そういったコントロールは、提供する側であるシェルターがしなければいけないと思うんです」

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(写真提供=田中亜紀先生)

"目の前の1頭"だけでなく、"未来の10頭、100頭、1000頭"を考える

 日本では、2014年に環境省が「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」を立ち上げ、自治体の保健所や動物愛護センターなどに関して、「最終的には殺処分ゼロにすることを目指す」とうたっている。実際、殺処分数は劇的に減少しており、「殺処分ゼロを達成した」と宣言する自治体も増えている。東京都でも、小池百合子都知事が「東京オリンピックが開催される2020年までに殺処分ゼロを達成する」と宣言した。

 その一方で、さまざまな弊害も生まれている。殺処分を免れた犬猫たちは動物保護団体によって引き取られていっているものの、すぐに新しい飼い主が決まるわけではなく、各地の保護団体はパンク寸前。そうなると、動物福祉を保つことも難しく、また感染症などのリスクもある。また、攻撃性などの問題のある犬を知らずに引き取ってしまい、飼い主が途方に暮れたり、犬が事件を起こしてしまったり、というケースもある。そもそも、保護団体の施設内でずっと過ごすことが動物たちにとって幸せなのか、生きてさえいればいいのか、という点も考えなければならない。

「殺処分はなるべくしないほうがいいとは、当然みんなが思っています。だけど、それを目標にするというのは、現実的ではないですよね。それでは動物福祉も守れないし、弊害のほうが大きいはずです。
 全国の自治体すべてが"殺処分ゼロ"を目指すとかそういうことではなく、もっと本当の意味で動物と人間が共生できるような社会とはどういうものなのかを考えていくことが必要なのでは、と思います」

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(写真提供=田中亜紀先生)

 アメリカでは、「健全な犬猫までむやみに殺すこと」と「殺処分ゼロ」の中間とも言える、「ノーキル」という考え方がある。「保護した動物が健全であると判断される場合は決して殺処分せず、新しい家庭が見つかるまで面倒を見る」という考え方だ。「健全であるかないか」の線引きは非常に難しいものがあるが、"できる努力はしている"という事実は、里親希望者や施設スタッフ、ボランティアなどの精神衛生上にもよく、譲渡や協力の好循環が生まれやすいというメリットもある。

 特にシェルターという動物を提供する側においては、"何が何でも殺してはいけない"と考えるのではなく、総体として見たときに「結果的に1頭でも幸せな動物が増える方法とは何か」を考える必要がある。それを考えるにあたっての一助となるのが、やはりシェルター・メディスンなのだろう。

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