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2017.03.15

保護活動に不可欠なシェルター・メディスン<前編>

保護施設専門の獣医学、シェルター・メディスンとは?

田中亜紀 カリフォルニア大デイビス校/日本獣医生命科学大学 研究員

アメリカ・カリフォルニア州のほとんどの保護施設で取り入れられ、動物たちの健康状態の改善や譲渡率の向上、安楽死率の減少などに大きく貢献している学術分野、"シェルター・メディスン"。このシェルター・メディスンとは、いったいどんな学問なのでしょうか。2001年にカリフォルニア大学デイビス校でシェルター・メディスンの研究が始まった当初からかかわり、今回日本でのセミナーのために一時帰国されていた田中亜紀先生に、お話を聞きました。前後編に分けてお送りします。

写真=大浦真吾、田中亜紀先生 文=山賀沙耶

保護施設には特異の獣医学が必要

 例えば、犬を集団で管理するにあたっての感染症対策はどうするのか、犬同士の接触はどのようにさせればいいのか、保護犬と里親希望者はどうマッチングすればいいのか、ボランティアスタッフはどう扱うのか......。

 動物保護施設(シェルター)には、一般家庭で犬や猫と暮らしているのとまったく違う問題があり、今の日本では、そこに対する専門知識が必要とされている。それを解決してくれる一つの手がかりとなるのが、"シェルター・メディスン"だ。

「シェルター・メディスンとは、動物保護施設にかかわる獣医療全般のことを指しています。一般のペットの臨床では、基本的に動物の健康状態を1頭1頭みますが、動物が集団で生活している保護施設では、群としての管理も必要になってきます。それに加えて、保護動物の引き取りや新しい飼い主への譲渡、スタッフの効率的な運用方法、やむを得ない場合の動物の安楽死の仕方などなど......、シェルター・メディスンの領域は実に多岐にわたります。
 群の健康を維持し、心身ともに健康な動物を1頭でも多く適材適所に譲渡すること。これがシェルター・メディスンという学問の目的なんです」
 と、アメリカのカリフォルニア大デイビス校でシェルター・メディスンの研究に従事する田中亜紀先生は話す。

 田中先生は、2001年にカリフォルニア大学デイビス校でシェルター・メディスンの研究の始まった当初からかかわり、この約15年間、アメリカの保護施設に科学的知見を導入することに尽力してきた。また、年に数回は日本に帰国して、行政の保護施設のコンサルティングや一般向けのセミナーを行い、日本にシェルター・メディスンの手法を伝えることにも力を注いでいる。
 そんなシェルター・メディスンの第一人者である田中先生に、日本のよりよい保護活動へのヒントをもらうべく、改めて話を聞いた。

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保護施設では、感情を排した客観的な判断が求められる

「先日、日本獣医生命科学大学でセミナーを行った際にも、全国各地から大勢の方に集まっていただいたように、日本の行政職員や獣医師、保護団体の方々は本当に真面目で熱心だなと感じます。ただ、日本とアメリカの違う点は、シェルター・メディスンの手法が浸透していないこと、シェルター専用のソフトウェアでの個体群管理が行われていないこと、そしてさまざまなボランティアスタッフのトレーニングや扱い方が確立されていないことなどが挙げられます」

 シェルター・メディスンとは、膨大なデータの分析や獣医学的な知見に基づいて成り立っている学術分野であり、感情が入り込みがちな保護活動において、獣医学と動物福祉の観点で科学的に判断を下すにあたっての一つの基準となる。
 例えば、シェルター・メディスン普及前のアメリカのシェルターでは、さまざまな要因で保護動物たちが病気にかかりやすい状況があったという。それに対して、病気になりにくい環境作りやストレス緩和など、科学的根拠をもとにした改善策を講じることによって、シェルターで病気になる動物は圧倒的に減った。その結果、シェルター内の動物が心身ともにより健康になり、譲渡につながるケースが増えていったのだ。

 保護動物の譲渡を行う際には、アメリカではASPCA(アメリカ動物虐待防止協会)が作成したMYM(Meet Your Much)プログラムに基づいて、保護動物と里親希望者をそれぞれ分類し、マッチングすることが多い。里親希望者に家族構成や年齢などの制限を最初からつけるのではなく、専門の譲渡カウンセラーが生活環境や生活習慣、どのぐらい散歩ができるかなどの聞き取りを入念に行う。最終的には、里親希望者が犬を見た目や犬種などで選ぶのではなく、譲渡カウンセラーが里親希望者のライフスタイルに合う犬を提案してくれ、マッチング。実際に、このプログラムを導入して、譲渡後に動物が返還される確率が下がったという結果も出ているのだ。

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里親希望者の家庭環境や希望などを書き込む譲渡申請書(写真提供=田中亜紀先生)

 また、保護施設に専用のソフトウェアを導入し、常に施設内の動物群の状態を数値化して管理する仕組みも確立されている。ソフトで管理される項目は、譲渡や引き取りの頭数、ワクチン接種の有無、安楽死の頭数および発生理由、施設内での疾患の発生率と罹患率、保護動物の平均滞在日数、譲渡後の出戻りの頻度と理由、ボランティアの管理など、実に多岐にわたっている。このソフトウェアでの管理は、アメリカでは、行政管轄の保護施設であればどんなに小さなところでも行われていることだという。

各施設が状況に合わせた目標を設定することが大切

 シェルター・メディスンの手法を導入して保護施設の環境を整えるには、さぞかしお金がかかることだろうと思ってしまうが、実際に必要なのはお金ではないようだ。
「これは日本の方に誤解されていることが多いのですが、アメリカでも、一部のお金のある施設を除いては、施設のハード面は日本とあまり変わりません。動物たちの生活環境を整えるのには、お金はそれほど必要ないんです。
 もちろん、例えば一般の方々が見学に来られるような開かれた施設を運営するのにはお金がかかりますが、すべての施設がそれを目指す必要はないですよね。全施設が前例に習うのではなく、譲渡率何パーセントを目指すとか、感染症の罹患率を何パーセント以下に下げるとか、それぞれが施設の状況に合わせた目標値を決めることが何より大切なんです」

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(写真提供=田中亜紀先生)

 シェルター・メディスンには、世界中の施設に共通で適応できる、一律の基準があるわけではない。科学的知見や数値による管理を導入しつつも、その施設がどこを目指していくかは、各施設が決めるべきこと。保護施設側としては、動物1頭1頭を見るだけでなく、動物と人間とが共生できる社会を目指すうえで総体としてよりよい結果になるかどうかを基準に、目標を決め、個々の判断を下していく必要がある。そのときに拠りどころになるのが、シェルター・メディスンという学問と言えるだろう。

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